マンハッタンの中心部にある百貨店は、昼下がりの賑わいに包まれていた。
大理石の床に高い天井。行き交う買い物客たち。
ショーウィンドウには最新の流行を取り入れた衣装が並び、季節を先取りした装飾が目を引く。
車を停めると、テリィは深く帽子を被り直した。マフラーも引き上げる。隣のマイケルも同じだった。
「そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
マイケルが苦笑する。
「おまえは気楽でいいな」
「だって俺は主演じゃないし」
その返事にテリィは肩を竦めた。
一方で、そんな二人の苦労など全く気にしていない人物がいた。キャサリンだった。
「さて、行くわよ」
そう言うなりキャンディの手を取る。そして百貨店へ入るなり一直線に婦人服売り場へ向かった。
テリィとマイケルはその後を追う。
「まずは何が必要?」
キャサリンは振り返った。
「どんなものを揃えればいいの?」
完全に保護者の顔だった。キャンディは苦笑するしかない。だがキャサリンは真面目だった。
そこで視線は自然とテリィへ向く。
「テリィ?」
突然話を振られたテリィは少し考えた。
「普段着とか」
「うん」
「パジャマとか」
キャサリンが頷く。
「帰る時に着る外出着もだな」
「それから?」
「コートも」
「それから?」
「ブーツか何か」
そこまでは順調だった。だが、その先で言葉が止まる。テリィは咳払いをした。
「それと……」
急に視線が泳ぐ。キャサリンは一瞬で理解した。そして何事もないように近づく。耳元で囁いた。
「下着ね」
テリィの動きが止まる。そして耳がみるみる熱くなった。
「あ、ああ」
それだけ言うのが精一杯だった。
耳の熱さが自分でもわかる。慌ててマフラーを引き上げ耳まで隠す。
キャサリンは満足そうだった。完全に面白がっている。その一部始終をマイケルは横で見ていた。
姉に目をつけられたら終わりだ。小さい頃から何度も経験している。
だが同時に、少し面白かった。こんなテリィは見たことがない。
舞台では堂々としている。
批評家相手でも平然としている。
団長相手でも物怖じしない。
そんな男が、下着の一言でここまで動揺している。
マイケルは思わず吹き出しそうになった。
「笑うな」
テリィが低い声で言う。
「笑ってない」
「今笑った」
「気のせいだ」
絶対に気のせいではなかった。だがマイケルは知らん顔をする。
キャサリンはすでに次の行動へ移っていた。
「じゃあキャンディさん」
にっこり笑う。
「まずは女性だけで行きましょうか」
キャンディは助かったような困ったような顔になる。
「え?」
「男二人はここで待機」
即決だった。
「異議ある?」
テリィは首を振る。マイケルも振る。そんな勇気はなかった。
「よし」
キャサリンは満足そうに頷いた。そしてキャンディの腕を取る。
「行きましょう」
「え、あ、はい」
キャンディは慌てて振り返る。
「テリィ」
呼ばれて顔を上げる。
「すぐ戻るわ」
その笑顔を見た瞬間、テリィはまた一瞬だけ言葉を失った。
キャサリンもマイケルも見逃さない。だが当の本人だけが気づいていなかった。
「……ああ」
ようやくそれだけ返す。
キャンディは微笑み、キャサリンと共に婦人服売り場の奥へ消えていった。
残されたのは男二人だけである。
しばらく沈黙。やがてマイケルがぽつりと言った。
「なあ」
「なんだ」
「友人なんだよな?」
テリィは即答した。
「そうだ」
マイケルは頷く。
「なるほど」
そして真面目な顔で続けた。
「じゃあ俺は“友人”の定義を勉強し直した方がいいな」
テリィは無言で帽子を深く被り直した。