玄関の扉が閉まる音がした。キャンディが顔を上げる。そこには大きな紙袋を両手に抱えたテリィが立っていた。
「あ……ただいま」
「お……かえりなさい」
自然とそう返してから、キャンディは自分がまだ絵本を手にしていることに気づいた。テリィの視線もそこへ向いている。
「あ、ごめんなさい」
慌てて立ち上がる。
「ちょっと珍しいなと思って読んでたの」
本棚へ戻そうとすると、テリィは小さく笑った。
「全然いいよ」
紙袋をリビングテーブルに置く。
「読んでも……それと」
テリィは表情を和らげたまま続けた。
「稽古へ行く前に警察へ寄ってきたんだけど」
キャンディは息をのむ。
「残念だけど、まだトランクは届けられてなかった。見つかったら連絡するとは言ってたけど……」
その先は言わなかった。二人とも、その可能性が高くないことは分かっていた。
テリィは切り替えるように、コートを脱ぎながら尋ねる。
「退屈じゃなかったか?気持ち良さそうに休んでたみたいだから起こさなかった」
その言葉にキャンディは頬を染めた。
「ごめんなさい。テリィが起きたのも気づかないで寝ていて」
するとテリィは苦笑した。
「だから」
そう言いながら近づいてくる。
「きみは昨日いろいろあっただろ」
そして少し眉を上げた。
「というか、昨日から謝ってばかりだな」
キャンディはきょとんとする。
「え?」
「そんなに気を遣わなくていいんだよ」
テリィは肩を竦めた。
「俺は別に迷惑だなんて思ってない」
その言葉がうれしかった。
「とりあえず必要なものを買ってきた」
新品の歯ブラシに石鹸。女性用のシャンプーとコンディショナー。ヘアブラシにヘアピン。スプレーや小さな化粧用の鏡まである。
さらに飲み物や果物、パン、チーズ、ハム、牛乳も出てきた。
テーブルの上があっという間に埋まっていく。
キャンディは呆然と眺めていた。
「テリィ……」
「足りないものがあったら言ってくれ」
本人は当たり前のように言う。
だがキャンディには当たり前には思えない。
ここまで気を回してくれたことがうれしかった。
けれど、同時に少し胸が痛くなる。
本当に気を遣っているのは誰なのだろう。
自分ではない。間違いなくテリィだ。
「ありがとう」
小さく呟く。するとテリィは照れたように視線を逸らした。そして牛乳瓶を冷蔵庫へ戻しながら続ける。
「別に。必要だろ」
キャンディは再びテーブルを見た。
一つ一つを眺めていて、ふとあることに気づく。
心の中で首を傾げる。歯ブラシはわかる。けれどシャンプーは?
そして、こんなに揃えるということは。
もしかして――。
「テリィ」
「ん?」
「私……」
そこまで言って言葉が止まる。どう聞けばいいのかわからない。泊まり続ける前提なのだろうか、と。
そんなことを考えていると、テリィの方が先に口を開いた。
「ああ、そうだ」
冷蔵庫の扉を閉める。
「あとでマイケルという同僚が来る」
キャンディは瞬きをした。
「マイケル……さん?」
「ああ」
テリィは頷く。
「正確にはマイケルの姉さんにお願いしたんだ」
「お姉さんにお願い?」
「女性の方がいいだろうと思ってな」
その言葉でようやく事情が見えてくる。テリィは続けた。
「服もないだろ」
キャンディは思わず自分の格好を見下ろした。
テリィのシャツ、借り物のまま。
確かにこのまま外へ出るわけにはいかない。
「だから一緒に買い物へ行ってもらうよう、マイケルの姉さんに頼んだ」
ごく自然に言う。まるで当然のことのように。
だがキャンディにはその一つ一つがありがたかった。
キャンディは小さく息を吐いた。
そして微笑む。
「本当にお世話になりっぱなしね」
するとテリィは少しだけ困ったように笑った。
「だから」
肩を竦める。
「そういうの、もういいって」
その言葉が妙に優しくて。
キャンディは思わず笑ってしまった。
ちょうどその時だった。
玄関のインターホンが鳴る。
テリィとキャンディは同時に顔を上げた。
そしてテリィは苦笑する。
「どうやら来たみたいだな」
マイケルと面倒見の良い噂のお姉さんが。