しばらくして鍋の中から立ち上る香りが部屋いっぱいに広がり始めた。
キャンディは木匙でゆっくりかき混ぜながら微笑む。
「そういえば」
ふと思い出したように顔を上げた。
「テリィは?」
「ん?」
「さっき料理できるようになったって言ってたけど」
キャンディは興味深そうに首を傾げる。
「得意料理とかあるの?」
テリィは少し考えた。そして意外にもすぐ答えが返ってくる。
「ビーフシチューかな」
キャンディの目が輝いた。
「本当に?」
「ああ」
テリィはどこか得意そうだった。
「デミグラスソースはワインからこだわる」
キャンディは驚いた顔になる。
「すごいじゃない!」
「まあな」
「おいしそう」
心からそう思った。
「食べてみたいわ」
その言葉にテリィは笑う。そしてごく自然に答えた。
「今度作ってやるよ」
言った瞬間だった。沈黙が落ちる。
二人とも動きを止めた。
その言葉が妙に大きく聞こえた。
テリィは一瞬だけ目を逸らす。キャンディも同じだった。
まるで次があることを当然のように口にしてしまった。
テリィは咳払いをした。
「……そろそろ出来上がりだな」
明らかに話を変えている。キャンディも助かった。
「そうね」
お互い何事もなかったような顔をする。
けれど胸の奥だけは少し落ち着かなかった。
テリィは皿を並べ始める。
キャンディがスープをよそう。
そして簡単な夕食がテーブルに並んだ。
卵料理。
ベーコン。
温かいスープ。
焼いたパン。
豪華ではない。
けれど湯気の立つ食事は驚くほど美味しそうに見えた。
テリィは少し申し訳なさそうに言う。
「朝食みたいな材料しか冷蔵庫になかったからな」
そして肩を竦めた。
「こんなのしかないけど許してくれ」
キャンディは思わず笑った。
「いいのよ」
本当にそう思った。
「とてもおいしそうだわ」
椅子へ腰掛けながら続ける。
「見てるだけでお腹鳴りそうだもの」
するとテリィが急に真顔になった。
そして耳を澄ますような仕草をする。
キャンディは目を瞬く。
「え?」
テリィは本気だった。
「なに?」
「もう一回聞きたいと思って」
「何を?」
テリィは平然と答えた。
「きみのお腹の虫の音」
数秒の沈黙。そしてキャンディの顔が真っ赤になる。
「テリィ!」
思わず叫ぶ。
テリィは肩を震わせている。笑いを堪えているのが丸わかりだった。
「だって可愛かったぜ」
さらりと言う。あまりにも自然に。
まるで何でもないことのように。
キャンディは完全に言葉を失った。
可愛い?
今、この人は可愛いと言ったのだろうか。
確かに言った。間違いなく言った。
しかも本人は全く自覚していないらしい。
テリィはパンを取り分けながら続ける。
「もう一度鳴らせる?」
「もうやめて!恥ずかしいから!」
キャンディは顔を覆った。
テリィはついに吹き出す。
久しぶりだった。こんなふうに笑うのは。
舞台でも、劇団でも、最近はなかった気がする。
そしてキャンディも、結局つられて笑ってしまった。
なんだか悔しい。けれど楽しい。
テーブルの上には温かい食事が並び、部屋には二人の笑い声が響いている。
一年半前、改札の向こうで別れた二人がいるとは思えないほど自然な時間だった。