手紙は、それから何度も読まれた。
最初の日は三回。翌日は二回。その次の日は一回だけ。けれど読まない日はなかった。
診療所での忙しい一日を終え、部屋へ戻る。
ランプに火を灯し、引き出しを開ける。そこにはいつも同じ封筒が入っていた。
ニューヨークの消印。差出人は「T・G」。
そして中には、テリィの手紙。
文章は決して長くない。
けれど行間には、言葉にならなかったものがたくさん残されている気がした。
「あれから一年が過ぎた」
「一年たったらきみに連絡しようと決めていた」
「思いきって投函する」
そして最後に書かれていた一文。
――俺は何も変わっていない。
その意味を、キャンディは考え続けていた。
俳優としてのことだろうか。
夢を追う気持ちのことだろうか。
友人としてのことだろうか。
それとも――。
そこまで考えるたびに、キャンディは首を振る。
都合よく解釈してはいけない。
自分がそう思いたいだけかもしれない。期待してしまうのは怖かった。
だから何度も読み返した。答えを探すように。
けれど何度読んでも、答えは見つからなかった。
見つかったのは、別のことだった。
返事を書こうとしても書けないのだ。何枚も便箋を広げた。
“ありがとう。手紙うれしかったわ。イギリスでの活躍も読んでいたわ。”
そんな言葉は書ける。
けれど肝心なことになると手が止まる。
そして何より、宛先がなかった。返事を出したくても出せない。その事実だけが残った。
2週間が過ぎた。診療所の仕事は忙しかった。新しい患者も来る。
看護婦たちも六人いるとはいえ、誰かが休めば皆で補い合わなければならない。
いつも通り働く。けれど夜になると、引き出しを開けてしまう。
そして気づく。自分はまだ答えを探しているのだと。
ある日の夕方だった。
「少し休暇を取ってきたらどうだい」
カルテを整理していたキャンディへ、マーチン先生が何気なく言った。
「え?」
「今年に入ってからまともに休んでいないだろう」
キャンディは思わず苦笑する。
「大丈夫ですよ」
そう答えた。けれど、その声に自信はなかった。
マーチン先生は何も言わない。ただ穏やかに笑っただけだった。
「たまには自分のために時間を使いなさい」
その言葉が妙に心へ残った。
その夜、キャンディは窓辺へ座っていた。
村の夜は静かだった。梟の声だけが聞こえる。
手にはテリィの手紙があった。何度読んだかわからない手紙。そして、ようやく認める。
答えを知りたいという気持ちがないわけではない。
手紙の意味を確かめたいとも思わないこともない。
けれど、本当はもっと単純だった。
会いたい。
ただ会いたいのだ、もう一度、あのひとに。
その事実を認めた瞬間、不思議なほど心が静かになった。
キャンディは窓の外を見上げた。
夜空には無数の星が瞬いている。
そして小さく笑った。
「しょうがないわね、私」
呟く声はどこか晴れやかだった。
翌朝、キャンディは休暇願いを提出した。
休暇願いは驚くほどあっさり認められた。
むしろ反対に、診療所の仲間たちは口々に言った。
「もっと早く休めばよかったのに」
「たまには遊んできてください」
「お土産よろしくね」
そんな言葉に送り出されながら、キャンディは少しだけ照れくさくなった。
自分ではいつものつもりだった。
けれど周囲から見れば、この一年半の自分は思っていた以上に仕事へ没頭していたらしい。
出発の前日にはアニーへ手紙を書いた。
一週間ほどニューヨークへ行くこと。
久しぶりの休暇であること。それだけを簡単に綴った。
アルバートにも同じ内容を書いた。テリィのことは書かなかった。まだ言葉にできなかったからだ。
そして迎えた出発の日。
朝の空気には冬の気配が混じっていた。
駅へ向かう馬車の中で、キャンディは窓の外を眺めていた。
見慣れた村の風景。
それらが少しずつ遠ざかっていく。
不思議だった。
出発を決めるまで時間がかかったのに、決めてしまえば迷いはなかった。
もちろん、不安がないわけではなかった。
テリィの住所は差出人の名前だけで、返事を送る先は手紙には書かれていなかった。
ニューヨークへ着いたところで、本当に会える保証などどこにもない。
それでも、一年半前に交わした言葉だけは覚えていた。
『俺は、ほとんどここにいる』
と、笑っていたテリィの横顔が、ふと脳裏によみがえる。
劇場へ行けば、誰かが知っているかもしれない。
稽古場にいれば、会えるかもしれない。
そんな小さな希望だけを胸に、キャンディはニューヨークへ向かおうとしていた。
もし会えなかったら――。
その先を考えかけて、キャンディはそっと首を振る。
今は考えない。
会いたいから行く。
その気持ちだけは揺らがない。
列車がホームへ滑り込んできた。
黒い車体から白い蒸気が立ち昇る。
キャンディは切符を握りしめ、乗り込んだ。