その夜、キャンディはプルマン寝台の小さな個室で目を覚ました。
列車は夜の闇の中を規則正しい音を立てながら走り続けている。
窓の外には時折、小さな町の灯りが流れていった。
上段の荷物棚。折りたたみ式の洗面台。
決して広くはないが、一人で過ごすには十分な空間だった。
キャンディは毛布を肩まで引き上げながら窓の外を見つめる。
ニューヨークはもう遥か後ろだ。
けれど頭の中には、まだ劇場街の景色が残っていた。
テリィの楽屋。仲間だと教えてくれたケビンさん。
思い出すたびに胸の奥が静かに温かくなる。
『見ててくれ』
『主役を掴んでみせるから』
あの言葉を思い出し、キャンディはそっと微笑んだ。
きっと大丈夫。そう思えた。
やがて規則正しい車輪の音に包まれ、キャンディは再び静かな眠りへ落ちていった。
翌朝。
列車がシカゴへ近づく頃には、窓の外には大きな街並みが広がっていた。
時計の針が11時を指した頃、列車はゆっくりとシカゴ駅へ滑り込む。
ホームへ降り立つと、冷たい風が吹き抜けた。
「さて、戻るか」
マーチン先生が帽子を整える。キャンディも頷いた。
二人は駅前に迎えに来ていた車へ乗り込み、そのままアードレー財団記念病院へ向かった。
病院へ到着すると、まず病院長と総婦長への報告会が待っていた。
学会で発表された新しい研究。
他州の病院で行われている取り組み。
看護大会で得た知識。
キャンディも自分の発表について説明し、質疑応答でどんな質問を受けたかを報告する。
総婦長は満足そうに頷いた。
「よく頑張りましたね」
その言葉に、キャンディは少し照れながら頭を下げた。
午後になるとマーチン先生は講師として招かれていた講義へ向かい、キャンディもまた新しい看護技術の研修へ参加した。
学会で耳にした最新の知識を、実際の現場へどう活かすか。
充実した半日だった。
けれど忙しく動き回る中でも、ふとした瞬間に思い出すのはニューヨークでの出来事だった。
楽屋で笑った顔。改札で手を振る姿。
思い出すたびに胸の奥が小さく揺れる。
翌日は予定通り休暇だった。
マーチン先生は村へ戻ったが、キャンディはそのままシカゴへ残る。
久しぶりにアルバートたちへ会うためだった。
夕方、アードレー家へ到着すると、玄関を開けた瞬間から賑やかな声が響いた。
「キャンディ!」
真っ先に飛び出してきたのはアニーだった。
その後ろからアーチーも現れる。
「お帰り」
「ただいま!」
自然と笑顔になる。
さらに奥からアルバートも姿を見せた。
「待っていたよ」
穏やかな笑顔は昔と変わらない。
その夜は久しぶりに皆で食卓を囲んだ。
豪華な夕食が並び、話題は尽きない。
病院のことや村のこと。アニーの近況、アーチーの仕事。アルバートの新しい計画。
笑い声が絶えない食卓だった。
ニューヨークでの出来事も尋ねられた。
学会はどうだったか、看護大会はどうだったか。
キャンディは楽しそうに話した。
けれど、テリィの名前だけは口にしなかった。
別に隠したかったわけではない。
話したところで何かが変わるわけでもないからだ。
それに、どう説明していいのか自分でもわからなかった。
7年ぶりに再会し劇場を案内してもらったこと。
改札で別れたこと。
そのどれもが、まだ自分の中で整理できていなかった。
だから胸の奥へそっとしまっておいた。
食事が終わり、久しぶりの部屋はどこか懐かしかった。
窓を開けると、シカゴの夜景が広がっている。
キャンディは椅子へ腰掛けた。
今日一日、たくさんの人と話した。
たくさん笑った。
けれど静かになると、思い出すのはやはりテリィだった。
どうしてだろう。もう諦めたはずなのに。
思い出すのは、舞台のスターではない。
劇場で笑っていたテリィ、夢を語っていたテリィ。
改札の前で真っ直ぐ自分を見つめていたテリィだった。
キャンディは小さく息を吐く。そして窓の外を見上げた。
今頃、どうしているのだろうか。なにを考えているのだろうか。
そう思うと自然と微笑みが浮かんだ。