ポニーの丘には夏の風が吹いていた。
草を揺らし、木々の葉を鳴らしながら、どこまでも続く青空へ流れていく。
キャンディは丘の上へ腰を下ろし、膝の上に広げた新聞へ目を落とした。
紙面の中央には大きな写真が載っている。
イギリス、SMT次回公演
『ロミオとジュリエット』
主演決定・テリュース・グレアム
その文字を見た瞬間、思わず笑みが零れた。
「本当にやったのね……」
小さく呟く。
驚きはなかった。いや、正確には違う。
驚きより先に、納得があった。
あの日、ニューヨークで再会した時から、なんとなくそんな気がしていたのだ。
偶然の再会、テリィが案内してくれた劇場。
舞台の上で語る時の真剣な横顔。
ストラトフォードの話をする時の目。
三人に残ったと聞いた時の、静かな決意。
キャンディは思い出す。
あの時テリィは言っていた。
ここまで来た以上、挑戦したいのだと。
まだ自分に何が足りないのか知りたいのだと。
その言葉の意味は完全には分からなかった。
けれど、本気なのだということだけは分かった。
誰よりも。
新聞へ目を戻す。
記事にはオーディションのことが書かれている。
ロンドンの有力俳優たちとの競争。
最終選考。
主演決定。
短い文章だった。
だがキャンディには分かる。
その数行の裏に、どれほどの時間があったのか。
どれほどの努力があったのか。
そして、どれほど苦しんだのか。
記事には書かれていない。
けれど分かる。テリィだから。
「おめでとう」
そっと呟く。風がその言葉をさらっていく。
本当にうれしかった、心から。
まるで自分のことのように。
いや、自分のこと以上かもしれない。
だってあの人は、ずっとそこを目指していたのだから。
けれどうれしさだけではなかった。
キャンディは新聞を抱えたまま空を見上げる。
あの日、劇場を案内してもらった時、舞台へ立つテリィを見ながら思ったことがある。
遠くへ行ってしまう。そんな予感だった。
もちろん今さらだ。彼はずっと前から遠い場所にいた。
ニューヨークの舞台俳優で、自分はインディアナの看護婦で、住む世界は違う。
それは分かっている。けれど再会してしまったから。
声を聞いてしまったから、笑う顔を見てしまったから余計に感じてしまう。
今頃テリィはストラトフォードにいる。
シェイクスピアの故郷で、ロミオとして、きっと稽古に追われている。
演出家に怒られているかもしれない。
悩んでいるかもしれない。
そんな姿まで想像できてしまう。
キャンディは苦笑した。
会わなければ、こんなこと考えなかったのに。
けれど、それでも、再会できて良かったと思う。
あの時会えたからこそ、今こうして新聞を見ながら喜べる。
ただ遠いスターのニュースではない。
自分が知っている人のニュースなのだ。
少し意地悪で、でも誰より優しくて、夢を追い続けている人の。
キャンディはもう一度写真を見る。そして今度は少しだけ胸を張った。
「やっぱりテリィだわ」
そう言って笑う。誇らしかった。少し寂しかった。
でも、それ以上にうれしかった。
あの日見送った挑戦が、確かに実を結んだのだから。
ポニーの丘を渡る風は、どこまでも穏やかだった。