スザナの葬儀から一週間が過ぎていた。
ニューヨークの空はよく晴れていたが、テリィにはそんなことはどうでもよかった。
午前中の劇場は静かだった。
まだ稽古も始まっていない時間帯で、客席には誰もいない。
テリィは最後列近くの座席に腰を下ろし、一人で新聞を広げていた。
春には再びイギリスへ渡る。
SMTとの正式契約が始まる。
本来ならその準備が始めてもいい時期だった。
だが、この数日どうにも気持ちが落ち着かなかった。
スザナがなくなった。
その事実がまだ現実味を持たないまま胸の奥に沈んでいる。
悲しくないわけではない。けれど世間が想像するような悲しみとも違った。
恋人を失ったわけでもなく、愛する女性を失ったわけでもない。
事故の日からずっと背負い続けてきた責任が、ある日突然行き場を失ったような感覚だった。
楽になったわけではない。むしろ長年重さのあった場所だけが妙に痛む。
テリィは小さく息を吐きながら新聞へ視線を落とした。芸能欄だった。
見出しは今も大きい。スザナ・マーロウ死去。
その文字の下に長い記事が続いている。
ラジオドラマのナレーターや脚本家としての活躍。
事故からの再起。病との闘い。そこまでは事実だった。問題はその先だった。
記事はごく自然な流れで自分の名前を登場させていた。
――長年支え続けた人気俳優テリュース・グレアム。
テリィは黙ったまま読み進める。
“婚約者とも伝えられた二人”
“長年寄り添い続けた関係”
“結婚こそ叶わなかったものの――”
そこで視線が止まった。
婚約者。何年も見続けてきた言葉だった。
初めて見たわけではない。むしろ見慣れている。
事故のあとから少しずつ形を変えながら、その言葉は何度も記事になってきた。
最初は単なる憶測だった。
病院へ通う姿。車椅子を押す姿。見舞いに訪れる姿。
そうした断片が積み重なり、いつしか人々はひとつの物語を信じるようになった。
人気俳優と悲劇の女優。支え合う恋人たち、婚約者。美しく、わかりやすい物語だった。だから広がった。
そして自分は何も言わなかった。
スザナが生きていたから。
否定すれば傷つく人がいる。
そう思ってきた。だから沈黙した。
真実を伝えることは、本当は難しくなかった。
記者の前で一言、
――違います。そう言えば済む話だった。
婚約者ではない。恋人ではない。ただそれだけを口にすればよかった。けれど、テリィにはできなかった。
なぜならスザナの気持ちを知っていたからだ。
彼女が自分を想っていたことはずいぶん前から知っていた。
その相手に向かって、
――君を愛してはいない。
――君は特別な存在ではない。
そう世間へ向けて言い放ち否定するということは、彼女を選ばないと公に突き付けることでもあった。
だから黙った。傷つけないために。少なくとも、そう信じて。
その結果、記事は事実として積み重なっていった。
テリィは新聞を膝の上に置く。
空の舞台を見つめた。
誰もいない客席。
誰も立っていない舞台。
静寂だけが広がっている。
もし今、この記事を読んだ人がいたら、
きっと誰も疑わないだろう。
スザナは自分の婚約者だったのだと。
長年連れ添った恋人だったのだと、そう信じるだろう。
テリィは再び新聞へ目を落とした。
怒りはなかった。記者を責める気にもなれない。
彼らは見たものを書いただけだ。
そして何より、何も言わなかったのは自分自身だった。
長い年月をかけて作られた物語だった。
沈黙によって育った物語だった。
だから今さら訂正しようとも思わなかった。
少なくとも、この時までは。
だが、その数日後。
さらに大きな記事が世に出ることになる。
そしてテリィは初めて考えることになる。
このまま沈黙を続けるべきなのかと。