ロンドンでの最後の公演を終え、ニューヨークへ戻ってから数ヶ月が過ぎていた。
SMTでの一年は、テリィの人生を大きく変えた。
『ロミオとジュリエット』は成功を収め、劇評家たちはこぞって彼の名を取り上げた。
ニューヨークへ戻った今も、その余韻はまだ街のあちこちに残っている。
だが、華やかな喝采とは裏腹に、テリィの日常は驚くほど静かだった。
新しく借りたペントハウスもそうだった。
以前暮らしていた安いアパートとは比べものにならない広さだったが、引っ越して間もない室内にはまだ開けられていない箱がいくつも積まれている。
荷解きは途中だが急ぐ理由もなかった。
舞台は終わり、次の仕事まで少し時間がある。
慌てなくてもいい。
そう思って、そのままになっていた。
夕暮れが近づく頃、テリィは書斎へ入った。
今回の引っ越しで唯一こだわった部屋だった。
大きな窓に、本棚。そして新調した机と椅子。
まだ木の香りが残る机の前へ腰を下ろす。
ゆったりとした椅子は思っていたより座り心地がよかった。
肘掛けへ腕を置き、しばらく窓の外を眺める。
マンハッタンの街並みが夕陽に染まっていた。
静かな時間だった。
ようやく手を伸ばす。
机の上には買ってきたばかりの便箋が置かれている。
真っ白な紙。
何日も前に買ったものだった。
だが、そのまま引き出しへしまわれていた。
書こうと思えば書けた。だが書けなかった。
一年。本当はそう決めていた。
再会から一年。その時も同じ気持ちなら手紙を書こうと。
それなら懐かしさではない。
気まぐれでもない。
そう思ったからだ。
だが一年が過ぎても書けなかった。
書く資格があるのか。
今さら何を伝えるつもりなのか。
自分は彼女を傷つけた人間だ。
そんな男から手紙が届いて喜ぶだろうか。
迷っているうちに季節は流れた。
気づけばさらに半年が過ぎていた。
それでも気持ちは変わらなかった。
ロンドンでも、舞台の上でも。
ホテルの部屋でも。ふとした瞬間に思い出す。
壮行会で再会した日のことを。
劇場を案内した日のことを。
改札の向こうで彼女の姿が、見えなくなるまで立っていた自分を。
忘れたと思っていた。
過去になったと思っていた。
だが違った。
年月は流れても、その気持ちだけは少しも変わっていなかった。
テリィはペンを手に取った。
紙を見つめる。
長い手紙を書くつもりはなかった。
何かを求めるつもりもない。
返事を期待するつもりもない。
ただ伝えたかった。
たった一つだけ。自分は変わっていないということを。
ペン先が紙の上を走る。迷いはなかった。
書き終えるまで、それほど時間はかからなかった。
キャンディ
変わりはないか。
あれから一年が過ぎた。
一年過ぎたらきみに手紙を書こうと決めていたが、迷い、さらに半年が過ぎてしまった。
思いきって投函する。
おれは何も変わっていない。
この手紙がきみに届くかわからないが、それだけは伝えたかった。
T・G
短い手紙だった。
驚くほど短い。
だが、それでよかった。
本当に伝えたいことは、その数行の中にすべて入っていた。
テリィは静かに便箋を折る。
封筒へ入れ、宛名を書く。
アードレー財団記念病院、そこなら届くだろう。
キャンディの手元へ渡るかどうかはわからない。
それでも構わなかった。
出さなければ何も始まらない。
出せば少なくとも届く可能性はある。
それだけで十分だった。
窓の外では夕陽が沈み始めている。
ロンドンで見た夕暮れとは少し違う色だった。
テリィは封筒を見つめる。
長い年月を経てようやく書いた手紙。
その紙切れ一枚が、自分でも不思議なくらい重かった。
そして同時に、少しだけ心が軽くなった気がした。
明日、投函しよう。
そう思いながら、テリィは封筒を机の引き出しへ静かにしまった。