2月の半ば、村の診療所。
昼過ぎの診療所は束の間の静けさに包まれている。午前中の患者が途切れ、待合室の椅子には誰も座っていない。
遠くで雪遊びをする子どもたちの笑い声が聞こえる。
キャンディは薬品棚の整理を終え、記録簿へ午前中の処置内容を書き込んでいた。
この村へ戻って何年になるだろう。
再びポニーの家へ戻り、この村で診療所を支えるようになってからの年月。
気づけば毎日が慌ただしく過ぎていった。
それでも不思議と、この仕事を辞めたいと思ったことは一度もなかった。
誰かの役に立てることがうれしかった。
目の前の患者が元気になることがうれしかった。
その積み重ねだけで十分だった。
そんな時だった。
診療所の扉が開き、いつものように郵便配達員の青年が顔を出す。
「マーチン先生宛てのお手紙です」
「ありがとう」
受け取ったのはマーチン先生だった。
厚みのある封筒を見て、彼はわずかに眉を上げる。
差出人には見慣れた名前が記されていた。
アードレー財団記念病院。シカゴにある大病院であり、名誉会長はアルバートだ。
ここ村の診療所とは、記念病院創設以来交流があり、マーチン先生は年に数回、講師として呼ばれているし、キャンディもまた最新の看護技術の修得のため、定期的に訪ねている。
「研修医の件ですかね?」
キャンディが尋ねる。
「そうかもしれないね」
そう言いながら封を開いたマーチン先生の表情が、次第に真面目なものへ変わっていった。
読み進めるたびに黙り込んでいく。
やがて先生は手紙から顔を上げた。そしてゆっくりと眼鏡を外す。
「驚いたな」
「何が書かれてたのですか?」
「君も読んでみなさい」
差し出された書類を受け取り、キャンディは目を通した。
最初は内容が頭に入ってこなかった。
4月に開催される全国医療大会。全国看護大会への推薦。そこでこれまでの経験を発表し、功労を讃えて表彰する……
見慣れない言葉が並んでいた。
『マーチン医師ならびにポニー村診療所の看護婦・医療スタッフ一同を、地域医療功労者として推薦する』
そこには大会への出席者名簿が添えられていた。
代表出席者――
・ハッピーマーチン診療所 院長 マーチン医師
・看護婦代表 キャンディス・ホワイト
「……私の名前?」
思わず目を見開く。唖然とするキャンディから書類をマーチン先生が受け取る。
「どうやら診療所を代表して、医師と看護婦、それぞれ一名ずつ出席してほしいということらしい」
マーチン先生は書類へ視線を戻しながら穏やかに答えた。
「君には看護婦代表として、日頃の活動や地域医療の取り組みを紹介してもらいたい、と書かれている」
「何かの間違いじゃありませんか?」
真っ先に出た言葉がそれだった。マーチン先生は苦笑する。
「だって、私たちは、それぞれ自分の仕事をしていただけです」
先生は静かに言った。
「この村は都会のように設備も十分とは言えない。それでも私たちは、限られた物資の中で知恵を出し合いながら医療を続けてきた。君たち看護婦は災害派遣にも参加し、記念病院で学んだ技術を診療所へ持ち帰ってくれた。その積み重ねが評価されたんだろう」
「でも、それは患者さんのためで……。診療所のみんなで表彰されるなんて、考えたこともなかった」
先生は穏やかに笑った。
「評価されるためにやったことじゃないからこそ、評価されたんだ」
キャンディは何も言えなくなった。
表彰されるなんてこと、無縁だと思っていた。
目の前の患者を助けることだけを考えていたから。
キャンディは書類を読み返すと、開催地の文字が飛び込んできた。
場所はニューヨーク。
胸の奥が静かに揺れる。
あの街を思い浮かべると、胸の奥が少しだけチクリと痛む。
キャンディは小さく笑った。
「ニューヨークなんだ……」
その呟きは誰にも聞こえなかった。もちろん、その街で何が待っているのかも知らない。