キャンディから届いた返事を読み終えたとき、テリィはしばらく動けなかった。
何度も読み返した。
便箋に残る文字を指でなぞり、また最初から読む。
まるで、これまでの空白を埋めるように。
本来なら、もう少し慎重になるべきだったのだろう。
手紙を書き、返事を待ち、少しずつ言葉を重ねていく。
いま彼女がどんな生活を送り、いつなら都合がいいのかを尋ねる。
それが大人のやり方だったはずだ。
だが、気がつけば、劇団へ休暇を願い出し、列車の切符を手配していた。
今、インディアナへ向かう長い旅路の途中にいた。
自分でも呆れるほどだった。
何年も会わずにいたくせに。
手紙を出すだけで半年も迷ったくせに。
いざ返事が届いたら、心も身体も勝手に動き出していた。
まるで若い頃の自分に戻ったみたいだ、とテリィは苦笑する。
それでも止められなかった。
会いたかった。
ただ、その一心だった。
そして今、列車は夜のアメリカを西へ走っている。
列車はひたすら走り続ける。
夕陽が沈み、車窓の景色はゆっくりと夜へ変わっていった。
午後七時を回るころ、給仕係が夕食を運んできた。
磨かれた銀器、白いクロス、温かなスープ。
テリィは静かに礼を言う。
給仕係は慣れた手つきで料理を並べ、最後にワインを注いだ。
「よい旅を、サー」
ドアが閉まる。再び、完全な静寂。
テリィは窓際の椅子へ腰を下ろした。
外はもう闇だった。
人家の灯りさえ少ない。
ただ、ときおり遠くに小さな明かりが浮かび、それがすぐに消えていく。
グラスを傾けながら、テリィはぼんやりと窓を見ていた。
硝子には、自分の姿が映っている。
少年ではない。学院時代の自分とも違う。
舞台を生き、拍手を浴び、多くの時間を越えてきた男の顔だった。
それなのに、胸の奥にいる自分だけは、あの頃と何ひとつ変わっていない気がした。
『村の診療所で働いているのよ』
手紙に書かれていた近況。
その文にテリィの脳裏には“にせポニーの丘”が浮かんだ。
『私が育ったポニーの家ではね、病気になったらほんとに大変だったの』
キャンディは笑いながらそう言っていた。
『村にお医者さんがいないから』
あのときの横顔。風に揺れる金色の髪。夕陽に染まるそばかす。
テリィは目を閉じる。
いまの彼女は、どんな顔で笑うのだろう。
困っている人を見たら、放っておけないままなのだろうか。
きっとそうなのだろう、とテリィは思った。
そういうところは、たぶん変わらない。
だからこそ、会いたかった。どうしようもなく。
そのときだった。
不意に、別の感情が胸を掠める。
――もし、迷惑だったら。
テリィの指先が止まる。
ワイングラスの中で、赤い液体が静かに揺れた。
自分は今、彼女の平穏を壊そうとしているのではないか。
ようやく穏やかに生きている彼女の前へ、過去そのものみたいな男が突然現れたら。
困らせるだけかもしれない。
苦しませるだけかもしれない。
その可能性に気づいた瞬間、熱を帯びていた心が急に冷えていく。
テリィは静かに目を伏せた。
手紙だけにすればよかったのかもしれない。
ゆっくり時間をかけて、また言葉を交わして、少しずつ。
そうするべきだったのではないか。
いまさらそんな後悔が押し寄せる。
列車は暗闇の中を走り続けていた。
ケタケタケタ、と車輪が鳴る。
まるで、止まれない心そのものみたいに。
テリィは苦笑する。
ここまで来て、まだ迷っている。
けれど。
「……それでも」
小さく呟く。
会いたかった。
たった一目でいい。
彼女が元気でいる姿を見られるなら、それだけでもいい。
そう思ってしまった時点で、もう戻れなかった。
テリィはジャケットの内ポケットから、キャンディの手紙を取り出す。
何度も開いたせいで、折り目は少し柔らかくなっていた。
『あなたに会いたいって、心からそう思ってる自分に気づいたの……』
その一文へ、指先でそっと触れる。
胸の奥で、また鼓動が鳴った。
列車は夜を裂くように走り続けた。