駅へ向かう道すがら、しだいに二人の歩調は自然とゆっくりになっていた。
大通りの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
代わりに聞こえてくるのは、駅へ向かう人々の足音と街のざわめきだった。
セントラル駅の大きな時計が見え始める。
もうすぐ別れだ。
そう思うと、キャンディの胸の奥が少しだけ痛んだ。
テリィも何か考えているようだった。
何度か口を開きかけては閉じる。
言いたいことがあるような。
ないような。
そんな曖昧な表情。
けれど結局、何も言わなかった。
その横顔を見ていたキャンディは、ふと笑った。
そして立ち止まる。
テリィも足を止めた。
「どうした?」
キャンディは少しだけ背筋を伸ばした。
そして満面の笑みを向ける。
「テリィ、イギリスでも頑張ってね」
テリィが目を瞬く。
「……」
「テリィならきっと大丈夫!」
迷いのない声だった。
根拠なんてない。
けれどキャンディは昔からそうだった。
誰よりも信じてくれる。
誰よりも真っ直ぐに。
それがどんな無茶な夢でも。
どんな遠い目標でも。
テリィはしばらく彼女を見つめていた。
やがて小さく息を吐く。
そして、くすりと笑った。
昔と変わらない笑い方だった。
「ああ」
短く答える。
その目が少しだけ強くなる。
舞台を見つめる俳優の目だった。
「見ててくれ」
キャンディの心臓が小さく跳ねる。
テリィは真っ直ぐ前を見据えた。
「主役を掴んでみせるから」
力強い声だった。
迷いはない。
不安も。
弱気も。
その瞬間だけはどこにも見えなかった。
キャンディは思わず笑顔になる。
やっぱりこの人は変わらない。
夢へ向かう姿。
あの日、セントポール学院の“にせポニーの丘”の上で見た少年のままだ。
「うん」
頷く。
それしか言えなかった。
でも十分だった。
テリィも笑っている。
ほんの少しだけ照れたように。
列車の発車時刻が近づく。
ホームへ向かう人の流れにキャンディも加わった。
何度も振り返りそうになる。
けれど振り返らない。
振り返ったら足が止まってしまいそうだったから。
改札口の手前で、ようやく振り返る。
テリィはまだそこにいた。
驚くほど真っ直ぐこちらを見ている。
キャンディは手を振った。
テリィも片手を上げる。
それだけのことなのに胸が苦しい。
改札を抜ける。
もう一度振り返る。
まだテリィもこちらを見ている。
キャンディは今度は少し大きく手を振った。
テリィが小さく笑い、同じように大きく手を振った。
ホームへ続く階段を下りる。
人波に紛れる。
それでも気になって振り返る。
遠くなった姿が見えた。
だがテリィはまだ立っていた。
見送ってくれている。
ずっと。
その姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
けれど泣かなかった。
そして最後にもう一度手を振る。
大きく彼に見えるように。
テリィも応えるように手を上げた。
やがて人波が二人の間へ流れ込む。
距離が開く。
姿が小さくなる。
それでも最後の最後まで。
彼の姿が見えなくなるまでキャンディは手を振った。