最初に異変を感じたのは、母親だった。
冬も終わりに近づいた頃、スザナの咳は少しずつ増えていた。
本人は風邪だと言って笑っていたが、夜になると咳き込む時間が長くなり、朝には微かな熱を残していることも珍しくなくなっていた。
それでもスザナは仕事を休もうとしなかった。
事故以来ようやく手に入れた居場所だったからだ。
舞台へ戻ることは叶わなかったが、脚本やラジオの仕事を通じて、再び芝居の世界と繋がることができている。その喜びを失うことが怖かった。
だから多少の無理をしてでも机に向かい続けた。
だが、身体は正直だった。
ある朝、原稿を書いていたスザナは突然激しい咳に襲われ、そのまま机へ伏せるように崩れ落ちた。
駆け寄った母親の手に触れた額は驚くほど熱かった。
結局その日のうちに病院へ運ばれ、検査のために入院が決まった。
病室の窓から見える木々は、すでに葉を落とし始めていた。
スザナは白い天井を見上げながら苦笑した。
7年前前、自分は同じような病室で人生の終わりを見た気がしていた。
ところが現実には終わらず、また新しい仕事を見つけ、笑うこともできるようになった。
だから今回も大丈夫だと思いたかった。
少し休めば戻れる。
医師の説明を聞きながらも、どこかでそう信じていた。
だが母親の表情だけは違った。
診察室から戻ってきた時の顔が忘れられない。
無理に笑おうとしているのに、その目だけが泣きそうになっていた。
スザナはその時初めて、自分が思っているほど楽観的な状況ではないのかもしれないと気づいた。
数日後、見舞いに訪れたテリィもまた、帰国後のときとは少し違う顔をしていた。
普段と同じように椅子へ腰を下ろし、仕事の話をし、劇団の様子を話して聞かせる。
けれど時折訪れる沈黙の中で、彼が何かを飲み込んでいることだけはわかった。
おそらく医師から説明を受けているのだろう。
母親も隠しきれていない。
だがスザナは聞かなかった。
その答えを聞く勇気は、まだなかった。
夕暮れの光が薄く差し込む中、スザナは眠るふりをしながら窓辺に立つテリィの背中を見つめた。
不思議なことに今になって心は正直になる。
もし命の限りがすぐそこにあるとしたら。
もっと一緒にいたい。
もっと話したい。
そして、もっと生きたい。
そんな当たり前の願いが胸の奥から静かに溢れてくるのだった。
だが同時に、自分は十分すぎるほど多くのものをもらったのだとも思う。
あの日、照明の下敷きになった瞬間に終わっていたかもしれない人生だった。
それでもここまで生きてこられた。
仕事もして、仲間もできた。
そして何より、いつもそばにはテリィがいた。
だからこそ、病室に訪れる静かな夜の中で、スザナは少しずつ感じ始めた。
これはきっと、人生が自分に与えた最後の季節になるかもしれないことを。