【P】Parting/レスポンスストーリー



シカゴへ向かう夜行列車は、夜明け前の雪原を静かに走り続けていた。

窓の外には、白く煙る世界がどこまでも広がっている。

黒々とした木々の影も、遠くの町の灯りも、すべてが薄雪に滲み、まるで夢の中を進んでいるようだった。

車内は静かだった。

長い旅に疲れた乗客たちは眠り、時折、誰かが寝返りを打つ気配だけが聞こえる。

けれどキャンディには、どうしても座席に座っていられなかった。

息が苦しく、胸の奥が、何か重たいものに押し潰されそうだった。

彼女はふらつく足取りのまま、車両の端にあるデッキへ出た。

扉の隙間から入り込む冷気が、容赦なく頬を打つ。

窓ガラスには白い霜が張りつき、外では雪が斜めに流れていた。

キャンディは震える指先で、胸元に抱えていた手紙をそっと開く。

何度も読み返した便箋は、もう少し端が柔らかくなっていた。

――ロミオとジュリエットの初日、絶対に来てほしい。

――きみに、最初に観てほしいんだ。

――きっと驚くぞ。今度の舞台、俺、本気だからな。

熱っぽい文字、興奮したような筆跡。

まるで子どもみたいに夢を語るテリィの声が、そのまま聞こえてくるようだった。

キャンディはぎゅっと目を閉じる。

数日前まで、自分はあの舞台を観るつもりだった。

彼の夢が叶う瞬間を、一番近くで見届けるつもりだった。

なのに。

「……もう、会えないなんて」

小さく零れた声は、列車の音に掻き消えた。

涙が止まらない。

頬を伝い、次から次へ落ちていく。

(もう会えない……)

胸の奥で、何度も言い聞かせる。

(会っちゃいけない……)

そうしなければ、全部が壊れてしまう。

スザナも、テリィも、きっと。

だから自分が離れるしかなかった。

それなのに、心がまるで言うことを聞かなかった。


会いたい。

いま戻って、もう一度だけ抱きしめてほしい。

そんな思いばかりが溢れてくる。

キャンディはとうとうその場へしゃがみ込んだ。

冷たい床へ額を押しつける。

肩が震え、息がうまく吸えない。

寒さなのか、悲しみなのか、もう自分でもわからなかった。

やがて、少しずつ感覚が薄れていく。

指先が冷たく、身体が重い……

遠くで汽笛が鳴った。

――シカゴ到着間近です。

そんな車内放送が聞こえた気がした。

けれど、キャンディはもう立ち上がれなかった。

そのまま、白い息を吐きながら、静かに倒れ込む。

手の中には、最後までテリィの手紙が握られていた。


シカゴ駅に列車が到着したころには、雪はさらに強くなっていた。

車掌が最終確認のため車両を回っていたときだった。

「お客さん!」

デッキで倒れている若い娘を見つけ、彼は顔色を変えた。

すぐに駅員が呼ばれ、キャンディは毛布に包まれながら構内の医務室へ運び込まれる。

冷え切った身体、熱を持った額、浅く乱れた呼吸。

医師と看護婦が慌ただしく動く中、車掌が彼女の荷物を確認していた。

「……アードレー?」

封筒の宛名に目を止める。

そこに書かれていたのは、アードレー家の名前だった。

シカゴでも名の知れた一族である。

駅員はすぐに本宅へ連絡を入れた。

その頃、アードレー家本宅では、アーチーが朝から重たい空気の中で書類を眺めていた。

屋敷の空気は沈んでいた。

ステアが志願兵としてアメリカを去ってから、家の中には以前のような明るさがなくなっていた。

そこへ使用人が慌てた様子で駆け込んできた。

「アーチーボルド様、駅からお電話です」

「駅?」

怪訝そうに受話器を取ったアーチーの表情が、みるみる変わっていく。

「……キャンディが?」

次の瞬間には、彼はコートを掴んでいた。