――会場の熱気は、まだ少しも冷めていなかった。テリィが時計を渡した余韻に、客席は完全に沸き立っている。
「次、誰!?」「もう無理、心臓がもたない!」そんな声があちこちから飛ぶ中、ケビンが大げさに胸を押さえた。
「おいおい、これ以上テリィがファンサしたら、俺たちの仕事なくなるぞ」
マイケルが肩をすくめると、客席から笑いが起きる。さらに進行され、スタッフが次の番号を読み上げた。
「――315番さん、どうぞ!」
一人の女性が、おそるおそる舞台へ上がる。緊張しているのが、遠目にもわかった。スタッフに促され、彼女はぎゅっと両手を握りしめる。勇気を振り絞るように言う。
「テ、テリュースさんに……抱きしめてほしいです……!」
その瞬間、会場が「きゃあああ!!」と悲鳴のような歓声に包まれた。ケビンが思わず顔をしかめる。
「おい待て待て、今の“抱きしめて”って言い方、なんか意味深に聞こえたぞ!?」
さらに身を乗り出し、小声のふりをしながら続ける。
「あとで問題になったらどうしよう。“ブロードウェイ俳優、舞台上で極秘関係発覚!”とか新聞出たら俺責任取れないからな!?」
「お前は少し黙ってろ」
「でもテリィにしてほしいんだから、いいんじゃない?」
今度はマイケルが楽しそうに割って入った。
「……じゃあさ、こんなのどう?」
彼は突然、舞台中央へ出る。
「久しぶりに会う恋人の設定とか。ほら、俺たち俳優でしょ。設定があるとやりやすいしさ」
会場が再びざわめいた。テリィもケビンも反論がないことを確信したマイケルは続ける。
「シチュエーションは……デートの待ち合わせ場所に少し遅れて到着した……えっと、お名前は?」
「た、たまねと言います!」
マイケルは満足そうに頷く。
「遅刻しちゃったたまねさんが、“ごめーん、遅れちゃって!”って小走りでやってくる。そこでテリィが両手を広げるから、たまねさんはそこに飛び込む感じ。……で、テリィ、そこで何か一言」
「なんだよ。だんだん芝居がかってくなぁ」
テリィは苦笑したが、会場はすでに大盛り上がりだった。
「どう? たまねさん」
マイケルが確認すると、たまねさんは顔を真っ赤にしたまま、ぶんぶんと勢いよく頷く。
「よし、決まり!」
ケビンが手を叩く。
「それでは、ブロードウェイ即興劇場、“遅刻した恋人編”スタート!」
客席から大歓声。たまねさんは照れながら舞台の端へ移動する。
「じゃあ、こっちから走ってきて!」
マイケルの合図。
「……ご、ごめーん! 遅れちゃって!」
小走りで駆け寄ってくるたまねさん。次の瞬間、テリィが静かに両腕を広げた。
「キャー!!」と歓声が上がる。
たまねさんが飛び込むように胸へ収まると、テリィはその身体をしっかり受け止めた。優しく、けれど自然に。そして、耳元へ低く囁く。
「……無事に来たなら、それでいい」
一瞬、空気が止まる。そして。
「きゃあああああ!!!」
客席が爆発する。ケビンが頭を抱えた。
「おい待て!! 今の反則!! 完全に映画のワンシーンだったぞ!?」
「テリィ、お前そういうのサラッと言うのやめろって!」
抱きしめられたままのたまねさんは、完全に動けなくなっていた。テリィは少しだけ困ったように笑う。
「……大丈夫か?」
その優しい声に、さらに悲鳴が増えた。
◇
「では次の方、どうぞ!」
まだ興奮冷めやらぬまま、次の当選者が呼ばれる。舞台へ上がってきた女性は、勢いよくマイクを握った。
「テリュースさんに! 頬にキスしてほしいです!」
会場が「えぇーーーっ!!」とどよめく。だが即座に、マイケルが両手で大きくバツを作った。
「おっと、それはごめんよ!キスはさ、テリィ妻子いるから。そこは許してやってくれない?。それ以外なら、な? テリィ」
「お前たちが決めるな」
テリィは少し困った顔をしたが、口元はどこか楽しそうだった。すると女性――masamasaさんが、照れながら後ろから抱きしめる仕草をする。
「では後ろから、こう……」
「よし! オーダー入りました!」
マイケルが即答する。
「オーダーって……」
テリィが吹き出す。
「名前は?」
「masamasaです!」
「masamasaさんね」
そう呟いたあと、テリィはなぜかじっとケビンを見る。
「……なんだよ」
「いや」
「俺じゃなくて彼女見ろよ」
会場が笑う。だが次の瞬間、ケビンが「あっ」と声を上げた。
「そっか、シチュエーションね!状況ないとやりにくいんだよ」
ケビンは得意げに続けた。
「じゃあ……食事を彼女が作ってるというシチュエーションで。で、何気なくテリィがキッチン行ったら、その後ろ姿が愛しくなって……思わず後ろから抱きしめる」
「……」masamasaさんは、顔も耳も真っ赤になっていく。
会場、「ぎゃああああ!!」マイケルが爆笑する。
「いいみたいだぞ!」
「てかケビン、お前どうしてそんな悲鳴があがるようなシチュエーション浮かぶんだ?」
ケビンは胸に手を当て、芝居がかった仕草で答える。
「俺は見かけによらずロマンチストなのさ」
客席から黄色い声。「ケビーン!!」「大好きー!!」ケビンは片手を上げて応える。
「ありがとう子猫ちゃんたち! でも今はテリィのターンだから、もうちょっと待っててくれ!」
完全に調子に乗っていた。その横で、テリィは呆れたように笑う。
「……始めるぞ」
masamasaさんがキッチンに立つ。少し緊張した背中。そこへ、テリィが静かに近づいていく。
舞台上なのに、不思議なくらい自然だった。そして、そっと後ろから腕を回す。悲鳴のような歓声。そしてテリィはそのまま肩越しにmasamasaさんの手元を見ながら低く呟いた。
「……いい匂いに釣られてきた」
客席が崩壊した。
「ぎゃああああ!!」
「ケビンお前のシチュエーション最高!!!」
マイケルも叫び、ケビンがガッツポーズする。
「だろ!?」
マイケルは腹を抱えて笑っていた。
「今日一番楽しんでるの、絶対ケビンだろ!」