【O】Oliver(受け継がれるぬくもり)



ニューヨークの冬は、陽が落ちるのが早く、夕方にはもう窓の外が藍色に沈みはじめ、街灯の明かりが濡れた石畳に静かに滲んでいる。

その日、キャンディは赤十字のボランティアから戻ってきても、なかなか気持ちを切り替えることができなかった。

まだ小さな、オリヴァーより少し大きいくらいの男の子。助からなかったわけではないけれど、その子の母親が泣き崩れる姿や、不安そうに震えていた小さな手が、頭から離れなかった。

(……あの子、怖かったでしょうね)

帰宅してからも、その表情が胸に残り続けていた。

だからだろうか、夕食の支度をしていても、どこか上の空だった。

「おかあさん、にんじん落ちた」

「あ……ごめんなさい」

オリヴァーに言われて、ようやく気づく。

五歳になった長男オリヴァーは、最近ますますテリィに似てきていた。

栗色の髪、すっと通った鼻筋、考え込むときに少し伏せる目、ふとした仕草や表情まで、驚くほど父親に似ることがある。

とくに――口の端を少しだけ上げる癖。本人は無意識なのだろうが、その顔をされるたびに、キャンディは心臓が跳ねそうになる。

(もう……ほんとうにミニチュアみたい)

苦笑したくなるほどだった。


その夜は、テリィは公演の日のため、食事は、キャンディと子どもたちだけで済ませた。食事を終え、子どもたちはリビングへ移る。

積み木の音、小さな笑い声。

いつもなら、その光景だけで気持ちがやわらぐのに、その日は駄目だった。

キャンディはダイニングテーブルに座ったまま、動けなかった。

食器を片付けなければ、子どもたちを寝かせなければ……頭ではわかっている。

けれど身体が重く、小さく、ため息がこぼれる。

そのときだった。

背中に、そっと腕が回された。

「……おかあさん?」

びくりと肩が揺れる。

柔らかいぬくもり、背中に寄りかかる小さな体。

そして、まるで安心させるように、静かに抱きしめる仕草。

一瞬、キャンディの胸が大きく鳴った。

(……テリィ?)

そんなはずはない、だって、まだ帰ってきていない。

けれど、あまりにも自然で、あまりにも、似ていて。

キャンディは振り返る。

そこにいたのは、当然ながらオリヴァーだった。

「おかあさん、げんきない」

少し眉を寄せ、不安そうに見上げている。その顔がまた、テリィそっくりだった。

キャンディは思わず吹き出しそうになる。

同時に、泣きたくなるほど愛おしかった。


「……もう、びっくりしたわ」

苦笑しながら、小さな体を抱き寄せる。

オリヴァーはきょとんとしていた。

「だいじょうぶ?」

「ええ。ありがとう、オリヴァー」

頭を撫でると、オリヴァーは少し安心したように笑う。

その口元が、やっぱり父親そっくりで、キャンディはまた笑ってしまった。

その夜。子どもたちを寝かしつけたあと、日付が変わる頃、テリィが帰宅した。

舞台を終えたばかりの冷たい外気をまといながら、コートを脱ぐ。

「ただいま」

「おかえりなさい」

テリィはすぐに気づいた。

「……なんかあったのか」

キャンディは少し迷ってから、今日の出来事をぽつぽつと話し始めた。

赤十字で出会った子どものこと。

帰宅してからも気持ちを引きずっていたこと。

テリィは黙って聞いていた。途中で口を挟まず、ただ静かに。

キャンディは最後に、小さく笑った。

「それでね」

「ん?」

「オリヴァーが、急に後ろから抱きしめてきたの」

テリィがわずかに目を瞬く。

「……ほう」

「その仕草が、あんまりあなたに似てて、ドキッとしたのよ」

言いながら、キャンディ自身も可笑しくなってくる。

「でも振り返ったらオリヴァーで……なんだか変な気分だったわ」

テリィはしばらく黙っていた。

それから、ふっと笑う。

「そりゃ俺の息子だからな」

どこか得意げな声。

キャンディは呆れたように笑った。

「顔だけじゃなくて、仕草まで似るなんて思わなかった」

「似るさ。毎日見てるんだから」

そう言って、テリィはキャンディの背後へ回る。

そして自然な動作で、そっと抱きしめた。

まるで、数時間前のオリヴァーと同じように。

キャンディは吹き出す。

「もう」

「なんだ」

「ほんとうに同じ」

テリィは肩越しに低く笑った。

「なら、オリヴァーのほうが真似してるんだろ」

その声とぬくもりに、キャンディはようやく、胸の奥に張りついていた冷たいものが少しだけ溶けていくのを感じていた。