ニューヨークからポニーの家へ戻ってからも、キャンディの胸には、まだ夢の中にいるような幸福感が残っていた。テリィからのプロポーズ。何度思い返しても、胸の奥が温かくなる。

けれど、その幸福の片隅には、ニューヨークからの帰りの列車で胸に蘇った、もう一つの想いも残っていた。

――スザナとの約束を、私は破った。

テリィと結婚したい。その気持ちに迷いはなかった。それでも、幸せを思うたび、心のどこかで小さな痛みが疼いた。

その日も、診療が終わったあと、戸棚の奥に積まれていた古い雑誌や新聞をまとめていた。

何気なく手に取った一冊、少し黄ばんだ紙面。それを開いた瞬間、キャンディの指先が止まった。

そこに、見覚えのある記事があった。スザナ・マーロウの死亡記事。

数年前、自分の心を深く揺らしたその紙面が、まだそこに残っていた。

スザナ……テリィのそばにいた人、テリィの人生を変えた人。

キャンディは、昨年のことを思い出した。8年ぶりにテリィと心を通わせたあの日。

「一緒に住まないか」

そう言われた瞬間、胸がいっぱいになるほどうれしかった。それは真実だ。

けれど、そのうれしさとほとんど同時に、口からこぼれた言葉は違っていた。

「……それはうれしいけれど、考えさせて」

自分でも驚くほど反射的な返事だった。でもあの時は、深く考えなかった。

再び心が通い合ったばかりだったこと。

テリィには俳優としての人生があり、自分にも看護婦として果たすべき役目があること。

一緒に暮らすまでには、きっと多くの準備と時間が必要になること。

だから、自分は現実を考えて答えを急がなかったのだと、そう思っていた。

けれど――。

スザナの死亡記事を見つめているうちに、キャンディは気づき始めた。

あのとき自分を引き止めたものは、もっと複雑だったのかもしれない。

スザナと交わした約束を破っている。

その罪悪感は確かにあった。

けれど、それだけではなかった。

ニューヨークから戻って以来、何度も考えていた。

九年前の自分は、スザナに言った。

――テリィを離しちゃだめよ、と。

そして、自分はもう二度とテリィには会わないと約束した。

あのときは、それしかないと思っていた。

スザナはテリィを愛している。

テリィは、自分を庇って片脚を失ったスザナを見捨てることなどできない。

ならば、自分が身を引けばいい。

自分一人が我慢すればいい。

そうすれば、いつか二人は――。

そこで、キャンディの思考が止まった。

いつか二人は、どうなると思っていたのだろう。

恋人になって、愛し合って、幸せになる。

自分はどこかで、そんな未来を思い描いていたのではないだろうか。

スザナがテリィを愛しているのなら、自分が手放した幸せを、せめて彼女が得られればいい。

そう思うしかなかったのだ。

そうでなければ、自分がテリィから離れた意味さえ、見つけられなかったから。

けれど今になって、キャンディは思う。

それは、本当に同じことだったのだろうか。

自分が身を引くことと、テリィがスザナを愛することと、テリィがスザナのそばにいることと、二人が同じ幸せを望むことは、それは、まったく別のことだったのではないだろうか。

ニューヨークで過ごした時間が蘇る。

テリィと再び心を通わせ、互いに愛していると伝え、以前よりもずっと深く相手を知った。

17歳の自分も、心のすべてでテリィを愛していた。あの頃の愛が浅かったとは思わない。

けれど今は、あの頃には知らなかった近さを知っている。

そして同時に、その人を失うことが、どれほど怖いことなのかを知ってしまった。

だからこそ、今なら少し分かる。

スザナも、きっと怖かったのだろう。

テリィを庇って片脚を失ったのに、テリィがそばにいないかもしれないことに。

その気持ちを、今のキャンディには責めることができなかった。

自分だって、もうテリィを失いたくなどない。

でも、一人がどれほど深く愛していても、もう一人が同じ幸せを望んでいるとは限らない。

それを、自分は考えたことがあっただろうか。

スザナの気持ちを思い、自分さえ身を引けばいいと思った。それがテリィのためでもあると信じていた。

けれど本当は、テリィがどんな人生を望んでいるのか、その答えを彼自身に委ねることなく、自分たちだけで決めてしまったのではないだろうか。

胸が痛んだ。

だからといって、あの日の決断を間違いだったとは思えなかった。

あの事故のとき、あのときの自分にできることは、きっとあれしかなかった。

もしあの日へ戻ったとしても、同じ選択をするかもしれない。

それでも――その選択の先にある二人の人生まで、自分が決めてよかったわけではなかった。

そして今、自分はテリィのもとへ戻った。

彼を愛し、彼から愛され、彼と生きていきたいと願っている。

スザナとの約束を破ったこと。9年前、二人の未来を分かったつもりになっていたこと。

そして今、すべてを知ったうえで、テリィを手放したくないと思っていること。

どれも、キャンディの中では切り離すことができなかった。

私は本当に、赦されていいのだろうか。

あの日、とっさに「考えさせて」と口にしたのは、その罪悪感が、言葉になるより先に心を縛っていたからだった。今になってようやく、その本当の理由に気づいた。
テリィと結婚する。それは、何よりもうれしいことだった。長い別れを越えて、ようやく辿り着いた未来。

けれど、その未来を思えば思うほど、胸の奥で小さな棘が疼いた。

自分は本当に、赦されていいのだろうか。あのとき、自分はスザナと約束した。もう二度と、テリィには会わないと。その約束を、破ったのに。

たとえスザナがこの世を去ったあとだったとしても、たとえテリィの方から自分に手紙を送ってきてくれたのだとしても、心の奥で彼を待っていた自分がいなかったとは言い切れなかった。

キャンディは雑誌をそっと閉じた。けれど、心の中に開いてしまったものまでは、閉じることができなかった。


それからのキャンディは、表面上はいつも通りだった。

診療所では看護婦として働き、ポニーの家では子どもたちの世話をし、夕食の支度や片づけを手伝った。けれど、夕食の片づけが終わると、決まってこう言うようになった。

「新しい医療の勉強をしなきゃ」と。

そう言って、そそくさと自室へ上がっていく。

誰も不自然に思わないように、机の上には医学書を開いておき、ランプも灯した。

けれど本当は、勉強などしていなかった。

部屋の灯りをしばらくそのままにして、誰にも気づかれないように、そっと廊下へ出る。階段を下り、裏口から外へ出る。

夏が近づいているとはいえ、夜はまだ冷える。

小さな燭台を手に、暗い道を歩く。向かう先は、ポニーの家の礼拝堂だった。

昼間は子どもたちの声が響くその場所も、夜になるとまるで別の場所のように静まり返っている。扉を開けると、古い木の匂いが迎えた。

キャンディは中へ入り、聖母マリア像の前に燭台を置いた。

揺れる小さな炎が、マリア像の横顔を淡く照らす。

その前の椅子に腰を下ろすと、キャンディは両手を組み、ゆっくりと瞼を閉じた。そして、震える声で祈った。

「敬愛する主よ。私は、あなたにお願いいたしたいと思います。どうか私の懺悔を聴いて、神様のゆえに、罪の赦しを私に告げてください」

声は小さく、礼拝堂の暗がりに吸い込まれていった。けれど、その言葉は、キャンディの胸の奥から絞り出されたものだった。

彼女が夜ごとここへ来る理由。それは願い事ではなかった。幸せになりたいと願うためでなく、懺悔するためだった。

スザナとの約束を破ったこと。あの頃、自分が身を引けばすべてがうまくいくと信じ、テリィとスザナの未来まで分かったつもりになっていたこと。

そして今、そのことに気づきながらも、テリィを愛することも、彼と幸せになりたいという願いも、捨てることができないこと。

そのすべてを、神の前に差し出すためだった。