【W】Where We Belong(僕たちの帰る場所)



三月、長かった冬がようやくほどけ始め、ポニーの村にも春の気配が滲み始めていた。

雪解け水を含んだ土はまだ柔らかく、道の端には小さな若草が顔を覗かせている。冷たい風の中にも、どこか甘い匂いが混じる季節だった。


ポニーの家へ続く道を、黒い車がゆっくりと登っていく。

この道を通るたびにテリィは、胸の奥が静かに熱を持つのを感じていた。教会の前に着く。

「テリィ!」

振り向くと、キャンディが小走りに駆け寄ってくるところだった。春先の風に金色の髪が揺れている。

「ごめん、待った?」

「いや、今着いたところ」

テリィはそう言って、教会へ視線を向ける。

「時間、かかりそうだな」

キャンディも静かに見上げる。

「孤児たちを食べさせるだけで精一杯で、修理までなかなか手が回らなくて……直すところだらけだから」

その声には申し訳なさとここを守ってきた人たちへの愛情が滲んでいた。

テリィは小さく頷く。

「じゃ、案内してくれ。作業してくれるにも打ち合わせは必要だしな」

「ええ」


この日、二人は村の大工の棟梁を訪ねることになっていた。木の香りが染みついた作業場には、切り出された木材や工具が整然と並んでいる。

「おお、来たか」

奥から現れたのは、五十代ほどの大柄な男だった。日に焼けた腕は太く、職人らしい厳つさがある。だが、その目はどこか穏やかだった。

「ポニー先生から聞いてるよ。教会の修繕だってな」

棟梁はそう言いながら、大きな机へ図面を広げた。

「屋根は張り替えが必要だ。礼拝堂の床も椅子もだいぶ傷んでる。あと、ポニーの家に続く道だな。雨が降るとぬかるむ」

テリィは真剣な顔で図面を覗き込む。

「教会だけじゃなく、ポニーの家のリビングも直したいのですが、お願いできますか?」

棟梁は苦笑した。

「もちろんできるが……。そりゃ金がかかるぞ、坊主」

その呼び方に、キャンディが思わず吹き出しそうになる。

テリィは一瞬だけ眉を上げたが、特に気にした様子もなく頷いた。

「必要なことなので、お願いします」

棟梁はその返答を聞き、感心したように腕を組んだ。

「……なるほどなあ」

それから、ちらりとキャンディを見る。

「先生たちの知り合いの息子さんか何かか?」

「え?」

キャンディが目を丸くする。だが棟梁は完全に納得した顔だった。

「いや、都会の坊ちゃんにしちゃ妙に真面目だからよ。普通なら“金だけ出す”って顔して来る。なのに自分で図面覗いて、床や道まで気にする。先生たちに世話になった口なんだろ?」

テリィは一瞬、言葉に詰まった。だが次の瞬間、小さく笑った。

「……まあ、そんなところです」

テリィの言葉にキャンディが横で小さく吹き出す。

「ふふっ」


それから数日後には、村中へその話が広まっていた。

“ポニー先生の知り合いの息子さんが、教会を直すらしい”と。

誰も、それがブロードウェイの大スターだとは思っていない。

だがテリィは、彼女が大切にしてきた場所を、自分も大切にしたかった、それだけだった。


夕暮れの教会を見上げながら、テリィは静かに目を細めた。

これから先、ここは“彼女の帰る場所”であるだけではなく、自分にとっても、大切な場所になっていくのだろうと思いながら。