【L】Love Letter(会えない夜にきみ想う)
ニューヨークの夜は深く、窓の外では、摩天楼の灯りが濡れたように瞬いている。遠くで鳴るクラクションも、眠らない街のざわめきも、この時間になるとどこか遠かった。
テリィはダイニングテーブルに片肘をつき、スケジュール表を睨んでいた。
舞台稽古、雑誌取材、スポンサーとの会食、さまざまな打ち合わせ。
書き込まれた予定は隙間なく並び、その中から三日、いや、二日半でも空けられないかと、もう三十分以上格闘している。
「これは、無理だな」
低く呟いて、椅子へ深くもたれた。
けれど数秒後にはまた身を起こし、もう一度策を練る。
自分でも呆れる。誰かに会うために、こんなふうに必死になる自分を。
その事実に、ふと手が止まる。テリィはゆっくりと天井を見上げた。
「俺って、こんなにマメだったっけ」
思わず溢れる言葉。ダイニングテーブルの端には、書きかけの手紙が置かれていた。
インディアナ州、ポニーの家……宛名を見るだけで、胸の奥が静かに熱を持つ。
再会してから、文通は途切れさせることはなく、むしろ忙しくても、眠くても、必ず便箋を広げている自分がいる。
伝えたいことは、たくさんある。けれど、つい他愛のない近況が多くなる。
便箋へ向かうたびに、もっと別の言葉が胸の奥へ溜まっていく。
会いたい、声が聞きたい、抱きしめたい……
だが、それをどう書けばいいのかわからない。
セントポール学院にいた頃から、テリィはときどき詩を書いていた。
長々と言葉を並べるより、短い一節のほうが、かえって胸の奥を正確に射抜くことがある。
キャンディとの交換ノートにも、気まぐれのように詩を書きつけたことがある。
あの頃は、今ほど素直ではなかった。真正面から「好きだ」と言葉にすることが照れくさくて、どこか負けた気がして、だから遠回しな比喩や、芝居じみた一文に想いを隠した。
朗読劇『Still』を演じてからは、再び詩を書くことが増えた。誰かに見せるためではなく、自分の中に溜まっていく感情を整理するために。
眠れない夜、ふと短い言葉を書き留める。舞台のあとに残る熱、言葉にならない孤独、忘れられない景色。そういうものを、詩は静かに掬い上げてくれた。
会えない夜に、キャンディを想って書く。ふと、テリィはペンを止まる。テリィは苦笑し、小さく息を吐いた。
まるで今さら恋を覚えた少年みたいだ、と思う。
だが、それも悪くなかった。長い別れの時間では、もう二度と味わえないと思っていた感情だったから。
自分が思っている以上に、彼女を求めていることを。
長い別れのあいだ、必死に押し込めていた感情が、再会してから少しずつ形を取り戻していることを。彼女が知ったら、どう思うか不安だからだ。
そこまで考えて、テリィは小さく息を吐いた。
窓の外では、夜の雨が降り始めていた。細い雨筋がガラスを滑っていく。
テリィはテーブルの上の便箋を引き寄せ、再びペンを持つ。書き始めた言葉は、いつの間にか文章の形を変えていた。
きみを想う夜は
どうしてこんなに長いのだろう
街は眠らず
舞台は明日を急かすのに
心だけが
あの日の丘へ戻っていく
俺はもう
昔の自分には戻れない……
ここで手が止まる。テリィは数秒、その紙を見つめ思わず顔を覆った。
「恥ずかしすぎるだろ……」
苦笑が漏れる。三十を前にした男が、真夜中に一人、好きな女を想って詩を書いている。しかも割と本気で。
視線は再びスケジュール表へ落ちる。インディアナまでは丸一日以上はかかる。数日の休みがなければ会いに行けない。その現実が、静かに胸へ沈む。
会いたい。
その気持ちは、手紙を書けば書くほど強くなる。文字にするたび、足りなくなる。
「……参ったな」
長い別れのあいだでは、考えないようにしていた。届かないものとして、胸の奥へ閉じ込めていた。
なのに今は違う。会えると知ってしまったし、触れられると知ってしまった。だから、もう止められない。
テリィは椅子へ深くもたれ、雨音を聞いた。
こんな夜更けに、好きな女を想って、休みをどう捻り出すか頭を抱え……
けれど——悪くない、と思った。むしろ、生きている気がした。
テリィはゆっくり目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、あの丘の風景。夕暮れ、草の匂い、そして、笑うキャンディ。
その姿を思い出しただけで、胸の奥が静かに疼く。
「……会いたいな」
その声は、雨音の中へ静かに溶けていった。