ポニーの家の教会は、春のあいだずっと人の手に包まれていた。
屋根の一部には雨漏りがあり、古いガラスには細かなひびが入り、長年使われてきた椅子は脚がわずかにがたついていた。教会へ続く道も、ところどころ土が削られ、雨のたびにぬかるむ。
7月7日。その日を迎えるために、村の人々はそれぞれの手で教会を整えていた。誰かに命じられたわけではなく、誰もが自然と動いていた。キャンディの結婚式だからと。
そんな中に、ひとり見慣れない青年が混じっていた。
背が高く、どこか都会的で、それでいて作業着が不思議と似合っている男。
それは、テリュース・グレアム。だがこの村で、彼の本当の名を知る者はいなかった。
「ポニー先生の知り合いの息子さんらしいよ」
いつの間にか、そういうことになっていた。それは、誰が言い出したのかはわからない。けれど、ポニー先生が入院中で不在だったこともあり、その話は自然に広がり、疑われることもなかった。
テリィ自身も、自分からはわざわざ話題にしなかった。むしろ、そのほうが都合がよかった。
余計な気遣いも、距離もなく、ただの“手伝いに来た男”として、ここにいられることが、妙に心地よかったから。
屋根の修繕も、椅子の補強も、道の整備も、彼は驚くほど器用にこなしていた。下積み時代の経験が生かされていた。
そして、結婚式を数日後に控えた今朝。礼拝の場で、その誤解はあっさりと解かれた。
その日の夜。
カートライト牧場の家で、“男同士の親睦会”と称した宴が開かれた。実際のところは、ただの飲み会だ。
「もちろん、花婿は来るんだろうな?」
そう言われて、テリィは断る理由もなく顔を出した。
木のテーブルを囲み、グラスが並び、酒が注がれる。
最初は少し距離のあった空気も、数杯重ねるうちにほどけていった。
「キャンディはな、小さい頃は本当にお転婆でなあ!」
カートライトが声を張り上げる。
「テリュース君、キャンディは、木登りが得意でな、高い木でも平気で登っては先生たちを驚かせて……あ、こんな話をしてたなんてキャンディに知られたら怒られるな。内緒にしてくれ」
テリィは穏やかな顔で言う。
「大丈夫です。彼女が木登りが得意なことは知っていますから」
「おや、そうかい。ならいいが。女の子のすることじゃないから、それで嫌いになられたんじゃ、俺はキャンディに顔向けもできん」
カートライトは頭をかきながら苦笑いする。
マーチン先生が笑いながら続ける。
「でもね、診療所では本当によく働いてくれた。誰よりも早く来て、最後まで残って……。村人たちの信頼も厚い」
「そうだな、本当にあの子はよく働いてるよ。キャンディは村の宝だ。まあ、おっちょこちょいだけどな」
話は次々とつながっていく。
子ども時代のキャンディ。
診療所での彼女。
誰かのために動く姿。
テリィは黙って聞いていた。
ときどきグラスを傾けながら、そのひとつひとつを受け取るように。
知らなかった時間。自分のいなかった場所で積み重ねられた彼女の人生。
それが、静かに胸に染みていく。
ジミーは酒を飲まず、隅で笑っていた。他の男たちは、次第にいい具合に酔っていき、話はますます賑やかになる。
笑い声が何度も弾け、そして、テリィもまた、その中で笑っていた。
肩の力が抜けていた。もうすぐ結婚式だという安心もあったのかもしれない。
あるいは、この場所が――あまりにも温かかったからかもしれない。気づけば、グラスは何度も満たされていた。
(……たまには、いいか)
そんなふうに思うくらいには、彼は酔っていた。
やがて、宴の終わりにカートライトが歌い出す。
大きな声で、少し音を外しながら、それでも楽しそうに。それを合図に、夜は静かに締めくくられた。
深夜にお開きになる。
「送って行きますよ」
ジミーが車を出す。まずマーチン先生を送り、そのあとテリィをホテルへ。
車の揺れに身を任せながら、テリィは目を閉じた。
遠くでまだ、誰かの笑い声が残っているような気がした。
翌朝――いや、すでに昼に近い時間だった。
ポニーの家では、キャンディが少しだけ落ち着かない様子でいた。
「……遅いわね」
いつもなら顔を見せる時間を、とっくに過ぎている。
前の晩のことは聞いている。男たちの集まり。楽しくなるだろうことも、想像はつく。
(……まさか)
少し考えて、キャンディはカートライト牧場へ向かった。