朝の光の中、草の匂いを感じながら歩いていくと、ジミーがちょうど外にいた。
「あれ、キャンディ?」
「テリィが、ここにいるかと思って」
ジミーは苦笑した。
「ちゃんとホテルまで送ったよ。だいぶ飲んでたけどね」
その言葉に、キャンディは少しだけほっとする。
「そう」
「行くなら、送るよ」
「ええ、お願い」
ジミーの車に乗り込みながら、キャンディは小さく息をついた。
安心と、少しの呆れと、ほんの少しの可笑しさ。
きっと今ごろ、まだ眠っている。そんな姿が、自然と目に浮かんだ。
ホテルの廊下は、昼前の静けさに包まれていた。
キャンディは、少しだけ急ぐような足取りで、テリィの部屋の前に立つ。
軽くノックをする。……返事はない。
もう一度、少し強めに叩く。それでも、静かなまま。
(まさか、具合でも悪いのかしら……)
胸の奥が、わずかにざわつく。
ためらいながらドアノブに手をかけると――鍵はかかっていなかった。
そっと扉を開ける。部屋の中は、しんとした空気に満ちていた。カーテンの隙間から差し込む光が、淡く室内を照らしているそして、その中心に――
ベッドの上で、テリィが眠っていた。着替えもせず、昨夜のままの姿で。
深く、規則正しい呼吸。とても穏やかな寝顔。
キャンディは、その様子を見て、小さく息をついた。
(……よかった)
具合が悪いわけではなさそうだった。ただ、疲れて、眠っているだけ。
それなら、もう少し、このままにしてあげよう。
そう思って、静かに踵を返そうとした、そのとき。
「ん?……キャンディ?」
低く、まだ眠りの残る声。
振り向くと、テリィが薄く目を開けていた。どこか焦点の合わない視線で、こちらを見ている。
「……なんで、ここに……」
寝ぼけたように呟きながら、体を起こそうとして――
「……っ」
次の瞬間、顔をしかめた。こめかみを押さえる。
その様子に、キャンディはすぐに駆け寄る。
「大丈夫?」
ベッドのそばに膝をつく。テリィは、少しだけ目を細めて、ようやく彼女をはっきりと見た。
「……おはよう」
かすかに笑った。
「……ごめん、飲みすぎた」
息をつくように言って、額を押さえる。
「ゆうべは……楽しかったから」
「それなら、よかったわ」
キャンディも、やわらかく笑う。
「もう少し眠るといいわ。お水、持ってくるわね」
そう言って立ち上がろうとした、そのとき。ぐっと、手首を掴まれた。
「……テリィ?」
引き寄せられるまま、体勢を崩す。気づけば、ベッドの上に倒れ込んでいた。その上から、テリィが覆いかぶさるように身を乗り出す。
まだ完全に覚めきらない瞳。けれど、その奥にあるものは、はっきりとしていた。
ベッドに横たえられたまま、キャンディは息を整える間もなく、テリィの視線を受け止めた。
深く、静かな眼差し。そのまま、彼の指がそっと髪に触れる。
優しく、確かめるように撫でられて――その仕草だけで、胸の奥がほどけていく。
見つめられているだけでも、心が溶けてしまいそうだった。やがて、ゆっくりと距離が近づく。逃げ場など最初からないように、自然に。
唇が、触れる。やわらかな接触とともに、小さく甘い音がこぼれる。
一度、わずかに離れる。けれど完全には離れず、その余韻を残したまま――再び、重なる。
今度は、さっきよりも深く、長く。
互いに引き寄せられるように、確かめ合うように、重なり合う温度がゆっくりと濃くなっていく。
息が混じり合い、時間の感覚が曖昧になる。
キャンディの指先が、わずかにシーツを掴んだ。抑えきれない感覚に、体が小さく揺れる。その気配を合図のように、テリィの唇が静かに移ろう。
頬から、耳元へ。そして――首筋へ。
かすかに触れる吐息が、すぐそばで揺れる。
耳元に残るその気配に、キャンディは思わず息を呑んだ。喉が、わずかに鳴る。鼓動が早くなるのが、自分でもはっきりとわかった。
逃げる理由はなかった。
戸惑いはあっても、恐れはなかった。
ただ、その先に進む覚悟だけが、静かに胸の中に灯っていく。
キャンディはそっと目を閉じた。
すべてを受け入れるように。その瞬間を、待つように。
だが、次の瞬間……
「……っ、く……」
再び、テリィに鋭い痛みが走る。テリィがぴたりと動きを止めた。一瞬の静寂。
そして、はっとしたように我に返る。
すぐに体を離し、少し距離を取った。
「……ごめん」
低く、短く言う。視線を落としたまま、もう一度。
「……こんな、酔ったついでみたいに……することじゃないのに」
その言葉に、キャンディは小さく首を振る。
「いいのよ……謝らなくても」
ほんの少しだけ、頬を染めながら。けれど、責める気配はない。むしろ、どこか、困ったようなやさしさ。
少しの沈黙。それを破ったのは、キャンディだった。
「……でも」
くすっと笑って、
「テリィ、お酒くさーい」
一瞬、きょとんとした顔。
それから、テリィも思わず吹き出す。
「……ひどいな」
「ほんとよ。ちゃんとお水飲まないと」
笑いながら言うキャンディに、テリィは肩をすくめる。
さっきまでの空気が、すっとほどけていく。
窓の外は、穏やかな昼の光。
結婚式まで、あとわずか。
その前の、ほんの少しだけ気の抜けた、やわらかな時間が、ふたりのあいだに、静かに流れていた。