ストラスフォード劇場の裏口近くにある小さな控室。壁際の椅子に腰を下ろし、ケビンは封筒を何度も裏返していた。
「……なあ」
向かいの机に腰を預けていたマイケルが、苦笑いを浮かべる。
「まだ見てるのか、それ」
「いやだってさ……」
ケビンは封筒を指で叩いた。
「これ、どう考えても説明不足だろ」
封筒の中から、さっきテリィが無造作に差し出した招待状をもう一度取り出す。
そこには簡潔に、『結婚式 インディアナ州 ポニーの家 教会』、日付と時間。そして、妙に大ざっぱな手描きの地図。
マイケルが肩をすくめる。
「まあ、あいつらしいと言えばあいつらしい」
「らしい、で済むかよ」
ケビンは呆れたように笑った。
「普通さ、結婚するって言うときって、もっとこう……あるだろ。“実は付き合ってる人がいて”とか、“紹介するよ”とか」
「まあな」
「なのにあいつ、いきなり」
ケビンはさっきのテリィの声を真似る。
「“来るよな?”だぞ」
マイケルが吹き出した。
「確かに」
しばらく二人は黙っていた。
控室の窓の外では、舞台の解体作業の音が遠くに聞こえる。やがてマイケルがぽつりと言った。
「……でもさ。思い当たること、なくもないだろ」
ケビンは眉を上げた。
「……何が」
マイケルは腕を組んで、少し天井を見上げる。
「去年の夏……くらいかなぁ」
「夏?」
「あいつ、やたら機嫌良かったときなかった?」
ケビンは思い出そうとする。そして――思い当たった。
「あ、……鼻歌?」
「そう」
マイケルが笑う。
「あいつ、舞台裏で口笛吹いてたときあった」
「そうだ!」
ケビンは思わず声を上げた。
「俺、びっくりしたんだよ」
「あれ、珍しいよな」
「珍しいどころじゃねえよ」
ケビンは肩を揺らして笑う。
「あいつ普段、機嫌いいときでもせいぜい口の端がちょっと上がるくらいだろ」
マイケルが頷く。
「なのに、あのときは……」
「なんだか……楽しそうだった」
二人は顔を見合わせた。ケビンがぽつりと言う。
「……恋人、いたんだな」
マイケルが静かに頷く。
「たぶんな」
しばらく沈黙が続く。ケビンは招待状を見つめながら、ふっと笑った。
「そういや、家具屋にいたって話もあっただろ」
マイケルが思い出す。
「ああ。舞台監督が言ってたやつか」
あのときは二人とも、「舞台用じゃないのか?」くらいにしか思わなかった。ケビンが肩をすくめる。
「舞台の小道具にしては、真剣すぎる顔だったらしい」
マイケルが笑う。
「そういうことだ。結婚するんだから」
「結婚か……」
ケビンは少し黙った。それから、招待状を指でなぞる。
「……なあ、俺たちさ。何年も一緒に舞台立ってるのに、恋人いるってことすら知らなかったんだな」
マイケルは肩をすくめた。
「まあ、あいつだからな。自分から“います”とは言わないだろうし、俺たちも聞かなかったしね」
少しだけ笑って、ケビンはゆっくり頷いた。
「だな」
それから、にやりと笑う。
「しかしインディアナか」
マイケルが地図を見て顔をしかめる。
「この地図、信用できると思う?」
ケビンは即答した。
「できるわけねえ」
二人は同時に笑った。ケビンが封筒をポケットにしまいながら言う。
「行くしかないだろ」
マイケルも頷く。
「ああ、もちろんだ」
ケビンは少し遠くを見るようにして言った。
「……しかし、あいつ?去年からずっと、幸せだったんだな」
マイケルが静かに笑った。
「俺たちが、気づかなかっただけでな」
控室の窓の外では、夜の風が静かに吹いていた。ケビンは少し照れくさそうに笑った。
「なんか……うれしいよな」
マイケルも、同じように小さく笑う。
「ああ」
それは短い返事だったが、そこには十分すぎるほどの実感がこもっていた。自然と、どちらともなく笑みが浮かんでいた。
やがてケビンが、ふと思い出したように顔を上げる。
「……なあ。余興、考えないとな?」
一瞬の間。それからマイケルがゆっくりと眉を上げた。ケビンはにやりと笑う。
「せっかく呼ばれて、ただ飯食って帰るのもなんだろ」
「なるほど」
マイケルの口元にも、役者らしい笑みが浮かぶ。
「じゃあ、芝居でもやるか?役者二人が揃ってるんだ。つまらないものにはできないだろ」
控室の灯りの下で、友の幸せを願う二人の笑い声が静かに広がった。