テリィの隣にいた人物が、ふと彼に何かを告げる。
テリィは短く頷き、その人物に目を向けて穏やかに言葉を返していた。
かつての鋭さは、その瞳の奥に静かに沈んでいる。
今の彼は、どこか時間を味方につけたような落ち着きをまとっていた。
少し離れた場所からその様子を見つめながら、アーチーは思う。
(もう、あの頃のテリィじゃない)
学院一の問題児と呼ばれた男が、こんな空気を纏うようになるとは。
「お蔭様で、元気にやっています。……あなたも、ますますご活躍のようで」
控えめな笑み。どこか敬意をにじませた声音。
その距離感にわずかに戸惑いながらも、アーチーは応じる。
「……ありがとう。そちらこそ、充実しているようだ」
するとテリィが、ふっと口元を崩した。
「そうでした。僕たち、同級生でしょう? そんな堅苦しい挨拶は、このへんで」
「……はは、そうだったな」
その一言で、学院時代の空気が一瞬だけ戻る。
仲間たちが「先に行ってるよ」と声をかけ、テリィは軽く顎を引いて応じた。
「君は? ニューヨークには仕事で?」
スーツ姿を見ての問いだろう。
「ああ。こっちでプロジェクトがあってね。ホテル関連の仕事だ」
無意識に、肩まで伸びた髪をかき上げる。
「そうだったよな、プラザホテルだったな。ん?君は……結婚したのか?」
唐突な問い。だが視線は、左手の指輪に向いている。
「ああ。結婚した。……もうすぐ、子どもが生まれる」
「そうか。……それは、おめでとう」
テリィは微笑み、軽く腕を叩いた。
「君は? ……そういう相手は?」
「……いや、まだだ」
視線がわずかに落ちる。その先は、遠い。
スザナのことが、脳裏をかすめたのだろう。
「……悪い。そんなつもりじゃ」
「いいさ。わかってる」
短く、穏やかに。
しばし沈黙が流れる。
アーチーは、ふと口を開いた。
「……君の舞台、観たよ。素晴らしかった。本当に」
「ありがとう。……うれしいよ」
そして――。
ほんのわずか、テリィの瞳が揺れた。
「なあ……ひとつ、訊いてもいいか」
「ん?……なんだ?」
「……彼女は……元気にしてるか」
名前は出さない。
だが、それで十分だった。
アーチーは一拍、呼吸を止める。
(やはり、そこが気になるのか)
あのとき、彼女がどれほど泣いていたか。
立ち直るのに、どれほどの時間が必要だったか。
胸の奥に、冷たいものが広がる。
それでも、表情は崩さない。
「……彼女って?」
だから、わざとわずかに惚けてみせる。
テリィの視線が、静かに揺れる。
アーチーはわざと今思い出したような声で言う。
「……ああ。元気だよ。彼女はいつだって元気だからな」
「……幸せ……なんだな?」
声は落ち着いている。
だが、その奥に、祈るようなものが滲んでいる。
一瞬、アーチーはためらった。
幸せだ、と言えばいい。それでいいはずだ。
「……ああ。幸せに暮らしているよ」
テリィの表情が、ほんのわずかに緩む。
安堵だ。でも、祝福している顔ではない。確かめている顔だ。
ふいに、試すような衝動が芽生える。
どこまで耐えられるのか。どんな顔をするのか。
気づけば、言葉が先に出ていた。
「ちなみに……結婚して、子どももいる。穏やかに暮らしてるよ」
ほんのわずか、沈黙。
テリィの指先が、かすかに強張った。
「……そうか」
声は崩れない。だが、視線が一瞬だけ落ちる。
「……本当に?」
低く、確かめるように。
「ああ。本当さ」
今度は長い沈黙だった。
テリィはゆっくりと息を吐き、かすかに笑った。
「……それなら、良かった」
だがその笑みは、たしかに祝福の色ではない。
何かを、自分に言い聞かせる色だった。
そしてアーチーは、自分の胸の奥が、ひやりと凍りつくのを感じていた。