ニューヨークは、もともと灯りの街だった。だがその年の冬は、どこか熱を帯びていた。

地上の通りはますます明るくなっていく。

電気の普及は進み、ネオンは洗練され、商店や百貨店、ホテルは競い合うように趣向を凝らした電飾を施した。

五番街のショーウィンドウには雪を模した白布が敷かれ、電球の連なりが星のように瞬き、建物の縁取りには黄金色の光が流れる。まるで街そのものが巨大な舞台装置のようだった。


冬の夜は澄んでいる。

吐く息は白く、空気は乾き、光は一層鮮やかに浮かび上がる。

「見に行ってみるか」

テリィがそう言ったのは、新聞の小さな記事を読んだ夜だった。

“今年のイルミネーションは例年になく豪華”――そんな文言に、彼は少し笑った。

「舞台より派手だったらどうするの?」

キャンディがからかう。

「それはそれで困るな」

だが彼の目は、どこか楽しそうだった。


その夜、街はすでに人で溢れていた。

通りの両脇には電球の列が走り、ホテルの正面には巨大な光のアーチが設けられ、百貨店の上階からは光の雪が降るように演出されている。馬車や自動車のヘッドライトが加わり、光は幾重にも重なっていた。

キャンディは立ち止まる。

「……きれい」

その一言に、冬の空気が溶ける。

だがすぐに、別のことに気づく。周囲は、ほとんどが二人連れだった。

腕を組み、肩を寄せ、外套の中に半分入り込むようにして歩く男女。どの顔も、どこか少しだけ紅潮している。光のせいだけではない。

「恋人ばかりね」

キャンディが小さく言う。

テリィは帽子のつばを下げたまま、周囲を一瞥した。

確かにそうだ。冬の夜という閉じた時間。幻想的な光。寒さという口実。人は自然と距離を縮める。

一組の若い男女が、電飾のアーチの下で立ち止まる。互いの外套の襟を整え合い、そのまま、ためらいなく唇を重ねた。

キャンディは思わず視線を逸らす。

「……ずいぶん大胆ね」

「ここでは普通らしい」

テリィの声は低い。

別のカップルは笑いながら頬を寄せ、また別の二人はほとんど抱き合うように立っている。誰もそれを咎めない。光がすべてを柔らかく包み、許している。

夜は昼とは違う。昼間なら遠慮する距離も、夜の光の中では曖昧になる。

キャンディの手が、知らずにテリィの外套の袖を掴む。

「寒いか」

「少しだけ」

彼は黙って、自分の外套を広げた。

自然な動作だった。

外套の内側は暗く、外の光が少し遮られる。そこだけが、二人だけの小さな空間になる。

キャンディの肩が彼の胸に触れる。

「こういうの、若い恋人みたいね」

彼女は笑うが、その声にはどこか懐かしさが混じっている。

「俺たちだって、まだ十分に若いぜ」

「そうじゃないわ。ただ……」

電飾の光が彼の横顔を照らし、帽子の影がわずかに揺れる。その目は、舞台の上の光を受けるときよりも柔らかい。

近くで、また一組のカップルが唇を重ねる。

笑い声。吐息。冬の匂い。キャンディの鼓動が、少し速くなる

「光のせいで、みんな大胆になる」

テリィはわずかに口元を上げる。彼の手が、彼女の顎に触れる。

「俺たちも、真似してみるか」

低く落ちる声。

キャンディが「え?」と問い返すより先に、テリィは自分の外套の裾をわずかに広げた。

冬の夜気を遮るための厚い布地が、ふたりを包み込む。外のイルミネーションはきらめいているのに、その内側だけは柔らかな影に沈む。

まるで小さな舞台裏。

「な、何を――」

言葉は最後まで続かなかった。

次の瞬間、唇が重なる。


不意を突かれた鼓動が跳ねる。だが逃げる暇もなく、あたたかな体温と、コートの内側にこもった息遣いが、すぐにキャンディを包み込む。


外では誰かが笑い、遠くで拍手のような音が響く。電飾は変わらず瞬いている。だがその内側では、時間がほんの一瞬、止まったようだった。


ゆっくりと唇が離れる。

キャンディの頬は、夜気よりもずっと熱を帯びている。

「……あなたってば」

かすれた声。

テリィは外套の影の中で彼女を見下ろし、わずかに目を細めた。

「隠れてるんだ、問題ない」

「そういう問題じゃないわ」

だが抗議の言葉とは裏腹に、彼女の指は彼の外套の内側を掴んだままだ。

「きれいだな」

「何が?」

「その頬の赤さ」

彼は外套の端を少しだけ持ち上げ、外の光をちらりと覗かせる。


「ほら、あのイルミネーションより鮮やかだ」

「からかわないで」

キャンディはますます赤くなり、視線を逸らす。外の電飾が金色に瞬くたび、その頬の熱はさらに際立つ。

「あなたがあんなことするから……」

テリィは小さく笑い、もう一度だけ、今度は急がずに、額へ口づけを落とした。

外の夜は澄み、光は競い合うように瞬いている。

だがテリィにとっては、その一瞬の赤い頬のほうが、どの電飾よりも眩しかった。

外套を閉じると、ふたりは何事もなかったように光の街へ戻る。

キャンディの息が白く溶ける。

長い時間を回り道して、ようやく並んで立てる夜。


二人を照らしていたのは、街の光だけではなかった。

長く失われていた恋人の時間が、ようやく、静かに灯り始めていた。