ロンドンの冬は、音が少ない。
馬車の音も、人の足音も、どこか吸い込まれてしまうようで、霧に包まれた街は、拍手の余韻すら残さない。
ストラトフォードでの上演を終え、ロンドンへ戻ってから、すでに三ヶ月が過ぎていた。
新聞は、まだ時折名前を載せていた。
《ブルータス役、テリュース・グレアム。
「抑制された激情」「知性と悲劇性の均衡」》
どれも、悪い言葉ではない。
むしろ、褒め言葉だ。
それなのに。
テリィとケビンの事務所には、オファーが届いていなかった。
噂話は、遠回しに流れてくる。
確かにすごかった。
――でも、次は何をやらせる?
その「でも」の先が、どこにも続いていなかった。
テリィは何も言わず、家では、いつも通りに振る舞った。
子どもたちに本を読み、キャンディと紅茶を飲み、
「次はどうするの?」と問われれば、「そのうち何か来るさ」と肩をすくめた。
それが嘘ではないことを、彼自身が一番信じたかった。
だが、信じる時間には、限りがある。
ケビンは、気づいていた。
台本をめくる回数が、減ったこと。
それでもテリィが、何もないふりをしていること。
「……まだ、オファー来ないのかな」
ある日、何気なく言ったケビンの言葉に、テリィはほんの一瞬だけ、視線を伏せた。
「急ぐ理由はない」
即答だった。
だが、その声は、ストラトフォードで聞いたブルータスの声よりも、ずっと重かった。
ロンドンは、厳しい街だ。
それは、テリィ自身がよく知っている。
若い頃、この街で育ち、この街で打ちのめされ、この街を出た。
そして今、実力を携えて戻ってきたはずだった。
それなのに――この沈黙は、何だ。
評価されなかったわけではないし、拒まれていたわけでもない。
ただ、声が掛からない。
それは、否定よりも残酷な気がした。
ある日、テリィはリビングの暖炉を見つめながらふと、言った。
「……待っていても仕方ない。売り込みにでも行くか」
聞こえていたキャンディは、何も言わなかった。
ただ、彼の横顔を見ていた。
その横顔は、自分が立っている場所を、自分の足で確かめようとしているようだった。
夜、子どもたちが眠ったあと、いつものようにキャンディは机に向かい、手紙を書いた。
いつもの近況。子どもたちの話。テリィとのこと。
でも今回は、最後にほんの一行だけ、いつもと違う言葉が並んだ。
――今、テリィは芝居ができていません。評価はあるのに、次が来ないのです。そういうこともあるんですね。
事実だけを、静かに綴る。
その手紙が、この沈黙を破る最初の音になることを、このときの彼女は、まだ知らない。