それは、『ハムレット』の初日から一週間あとのことだった。
楽屋に戻り、化粧を落とし、シャツに着替えると、
スタッフが置いていった新聞が、テーブルの上にあるのが見えた。
最初は、目を通すつもりはなかった。
だが、見出しが勝手に視界に入った。
そこには、よく知った名前が並んでいた。
自分の名前と、スザナの名前。
親しげな言葉。意味深な見出し。
“恋人”“支え合う二人”“再生の物語”。
読まなくても、内容は想像がつく。
これまでと同じだ。
事実をなぞり、想像を足し、関係を“物語”にする。
——違う。
そう思ったのは、一瞬だった。
否定しようと思えば、できた。
記者に一言、違うと言えばいい。
公式にコメントを出せば、それで済む。
だが、その先を想像してしまった。
「恋人ではない」と言われたスザナの顔。
自分が彼女から、唯一縋れる立場を奪う瞬間。
“選ばれていない”と突きつけられる、その重さ。
ふと、キャンディの顔が浮かんだ。
――彼女が、見てしまうかもしれない。
その考えが、胸の奥を鋭く突いた。
テリィは、新聞を握りしめた。
音が鳴るほど、強く。
そしてテリィは、記事を真っ二つに裂いた。
もう一度。
もう一度。
紙切れは床に落ち、足元に散らばる。
「……くそ!」
声にならない声が漏れた。
テリィは、残った紙をすべて拾い、ゴミ箱に押し込んだ。
椅子に座り、両手で顔を覆う。
キャンディに、誤解されるのは嫌だ。
だが同時に、誤解を解く資格もないと知っていた。
だから彼は、選んだ。
何も言わない。
何も主張しない。
すべてを背負うのだと。
スザナは自分を守り、その結果、人生が変わった。
身体も、将来も、夢の形も。
自分が舞台に戻るたび、その代償は、より鮮明になっていく。
だからこそ、テリィは沈黙するしかなかった。
恋人だと思われること。
それが、彼女の支えになるのなら。
誰のものにもならないと信じられるのなら。
だが、代わりに、失うものが何であるかを、彼はよく知っていた。
それは同時に、キャンディとの距離を決定的にするからだ。
キャンディ……
せめて、一度だけでも、真実を伝えたかった。
だが、言葉にすれば、それはスザナを切り捨てる刃になる。
だから彼は黙ることしかできなかった。
自分が悪者になること。
誤解されること。
何も言わずに、耐えること。
誰かを救うために、誰かに嫌われる道を。
夜、部屋に戻ると、テリィはしばらく灯りをつけなかった。
拍手も、称賛も、記事も、すべてが遠い。
ただ、ひとつの願いだけが、胸に残る。
——どうか、キャンディが幸せでありますように。
自分がその隣にいなくても…
沈黙は、逃げではなかった。
それは、彼が選び続けた、キャンディへのたったひとつの誠実だったから。