キャンディの部屋の扉は、いつも少しだけ開いている。
閉め切られることのないその隙間から、彼女が今、机に向かっていることがすぐにわかった。
「キャンディ」
名前を呼ぶと、彼女は振り返り、少し驚いたように微笑んだ。
「テリィ? どうしたの」
すぐにその腕に抱えられているものに、彼女の視線が止まる。
「それは……?」
テリィは部屋に入り、小さなテーブルの上に静かにそれを置いた。
木が触れ合う、控えめな音。
それだけで、それが軽い贈り物ではないことは伝わった。
「今日、父に呼ばれて行ってきただろ」
そう切り出すと、キャンディは微笑む。
「お義父さま、お元気だった?」
「ああ」
どこか照れたように、それでも事実を受け止める声だった。
テリィは、宝石箱の蓋に手を置いた。
「これは、グランチェスター家で受け継がれてきたものだそうだ」
テリィは、宝石箱をテーブルに置いたまま、ふと、キャンディを見た。
いつもより少し真剣な目で。
「キャンディ……ここに、入ってほしい」
一瞬、部屋の空気が止まる。
キャンディは目を瞬かせ、それから宝石箱とテリィの顔を交互に見て——
「……え?」
数秒の沈黙のあと、彼女は思わず吹き出した。
「なに言い出すと思ったら……!テリィ、それは謎かけ? だとしたら、私が写ってる写真ならば入ると思うわ」
キャンディがあまりに可笑しそうに笑うものだから、テリィも堪えきれず、ふっと息を漏らした。
「……だな。さすがに無理がある」
二人の笑いが、部屋の空気をやわらかく溶かしていく。
テリィは一度、宝石箱に視線を落とし、今度は冗談ではない声で続けた。
「でも、本気で思ったんだけどね」
キャンディは、自然と笑みを浮かべ、彼の言葉を待つ。
「この箱は、代々受け継いでいるものだそうだ。父はここに大事なものを入れていたと言っていた」
彼は、蓋に指先を置いた。
「それに、これはただの箱ではなく、違う素材を、削って、合わせて、溶かさずに一つにする。象嵌細工って、そういう技法なんだが。
『異なる立場、異なる価値観、異なる生を生きる者たちを、壊さず、抑え込まず、それでも一つの形にまとめ上げる者であれ』……グランチェスター家の家訓に通ずるものがあるらしい」
テリィは、まっすぐにキャンディを見た。
「俺にとって、大切なものは、台本や書物、宝石類や地位でも名誉でもない。……きみだった」
キャンディの喉が、小さく鳴る。
「入れられるものなら、本当は、入れておきたい。でも、それは無理な話だ」
少しだけ、肩をすくめて困ったように笑った。
「だから、考え方を変えた」
テリィは両手で持ち上げて、彼女に差し出した。
「これは、きみに贈る。きみが、大切なものを入れてほしい」
キャンディは、息を詰めたまま箱を見つめている。
「きみが大切にするものは、俺にとっても大切なものだから」
ゆっくりと、キャンディは箱を受け取った。
思っていたより、ずっしりと重い。
「こんなに立派なもの……いただけないわ。お義父さまはあなたに贈ったのでしょう……」
声が、少し震える。
テリィは即座に言った。
「いいんだ。それに父上は俺の好きに使えばいいと言っていた。俺はきみが使ってほしいと思った。しまい込まずに」
「でも……代々受け継いできたものを……」
「そう思うなら、その時がきたら、きみが贈りたいと思う人に贈ればいい」
キャンディは、宝石箱を胸に抱き、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……わかったわ、大切に使う。私は、たくさん大切なものを入れるわよ」
二人は、同時に笑った。
テリィは一歩近づき、そっと彼女の額に口づける。
「ありがとう」
それは、贈った側の言葉ではなく、預けた側の言葉だった。
象嵌細工の宝石箱は、二人のあいだで、日々を重ねるための器になった。
違う立場で生きてきた二人が、溶け合わず、削り合い、それでも一つになる。
象嵌細工の意味は、すでに、ここに生きていたのだから。