テリィは、「一年後に連絡する」と決めていた。

それは逃げではなく、衝動でもなく、自分の人生を自分の手に取り戻すための、ひとつの区切りだった。

仕事の予定を逆算し、巡業の流れを考え、無理のない時期を選び抜いた結果の一年。

……一年後には、きっと。

そう思っていた。

だが、その一年が過ぎた頃、スザナの余命は、静かに燃え尽きようとしていた。

病室の時間は、外の世界と違う速さで流れていた。

時計の針は同じように進んでいるはずなのに、

一日が、やけに重い。

スザナは、もう自分の未来を語らなかった。

仕事の話もしない。舞台の話もしない。

ただ、「今日の空はきれいね」「あなた、ちゃんと食べてる?」、そんなことだけを、静かに言った。

テリィは、そのたびに思った。

(俺は、ここで何を選ぼうとしている?)

一年後に、キャンディに連絡する。

それは、自分の未来を選ぶ行為だった。

けれど、余命わずかな人の前で、自分の未来を選ぶことは、あまりにも残酷に思えた。

(今じゃない。今は……違う)

テリィは、自分で決めた期限を、心の中で、そっと後ろへずらした。

スザナが亡くなったのは、その少しあとだった。

秋が深くなる頃、冷たい風が容赦ない頃。

最期まで、テリィは約束を守った。

病室に通い、言葉少なに、そばにいた。

そして、泣き叫ぶこともなく、縋ることもなく、スザナは、静かに息を引き取った。

葬儀は、淡々と進んだ。

記事は一度だけ大きく扱われ、その後、急速に静まった。

《共に暮らしていた》

《結婚をしなかったのは婚約者の深い愛のしるし》

テリィは、それを否定もしなかったし、肯定もしなかった。何も言わなかった。


すべてが終わったあと。

時間が、突然、空白を持ち始めた。

病院に行く必要もない。誰かの容体を気にすることもない。

それなのに、朝、無意識に時計を見る。

(……もう、行かなくていいんだ)

その事実が、胸に重く落ちる。

罪悪感は、すぐには消えなかった。

(俺は、彼女のそばにいながら、心の奥で、別の未来を見ていた。それは、裏切りじゃなかったのか)

誰も責めていない。誰も非難していない。

それでも、自分だけが、自分を許せなかった。


葬儀から、さらに数ヶ月が過ぎた。

テリィが「一年」と決めた時期は、とうに過ぎていた。

街は季節を巡り、舞台も変わり、生活は、何事もなかったかのように進んでいる。

ある夜、稽古場の片隅で、テリィはふと立ち止まった。

(……俺はいったい、何を待っている)

罪悪感か。許しの言葉か。それとも、もう一度、誰かを失う覚悟か。

答えは、静かに、しかし確かに、胸の奥にあった。

(俺は……もう、選ばないことを選び続けるのは、やめる)

スザナの死は、彼を縛る鎖ではなかった。

それを鎖にしていたのは、自分自身だった。

スザナが向き合っていたのは、「死」だった。

けれど、自分が向き合っているのは、「生」だ。

(生きるなら……俺は、ちゃんと生きなきゃいけない)

その夜、テリィは一人、机に向かった。

ペンを取り、白い紙を前に、深く息を吸う。

一年を過ぎ、さらに半年。

遅すぎるかもしれない。

許されないかもしれない。

それでも。

(それでも、伝えなきゃいけない)

罪悪感は、消えてはいない。

けれど、それに縛られて生きることと、

それを抱えたまま前に進むことは、違う。


テリィは、ようやく理解した。

解放とは、忘れることではない。

背負ったまま、選ぶことだ。

ペン先が、静かに、紙に触れた。

彼は、キャンディに向けて、最初の一行を書き始めた。

それは、

罪を越えて、

未来へ向かうための、

ほんとうの一歩だった。