半年という時間は、長いようで短かかった。
テリィは、いつものようにスザナの家を訪れていた。
今日は、通院の付き添いでも、買い物の帰りでもない。
ただ、話をするためだけの訪問……それは、ほとんど初めてのことだった。
「……座っていいか」
テリィがそう言うと、スザナは一瞬だけ表情を動かし、それから静かに頷いた。
「どうぞ」
テーブルを挟んで向かい合う。湯気の立つ紅茶が二つ。
何度も繰り返してきた、見慣れた光景。
けれど、今日だけは、空気の密度が違っていた。
テリィは、カップに手を伸ばしかけ、そのまま指を止めた。
「……今日は」
言いかけて、一度、息を吸う。
舞台の上なら、どんな台詞も、どんな沈黙も、恐れずに扱える。
だが今は、一言間違えれば、誰かの人生を揺るがしてしまう。
「……今後のことを、話したい」
その言葉に、スザナの指先が、ほんのわずかに強張った。
「私たちの?」
「ああ」
テリィは、目を逸らさなかった。
「今まで、俺は……君のそばにいることで、支えになろうとしてきた」
それは、否定でも、後悔でもなく事実の確認だった。
「通院も、日常も、必要だと思うことは、できる限りやってきたつもりだ」
スザナは、何も言わない。
ただ、視線を落としたまま、聞いている。
「……でも」
次の一言を、テリィは、慎重に選んだ。
「君は、もう……ひとりで、立てている」
言葉を飾らない。
励ましにも、突き放しにもならないように。
「仕事もある。生活も、整ってきている……俺がいなくても、回る場所が、もうある」
スザナの胸の奥で、何かが、静かに音を立てた。
テリィは、それに気づかないふりをして続ける。
「だから俺は、支え方を、変えたい」
その言葉は、切り離すためのものではなかった。
声は、低く、揺れない。
「ただ……今までと同じ形で、そばにいることが、本当に、君のためなのか……考えるようになった」
スザナは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に、怒りも、拒絶もない。
ただ、深い戸惑いがあった。
「……具体的には?」
テリィは、すぐには答えなかった。
「……距離を取る、という意味じゃない。でも、毎日の生活の中心に、俺がいる必要はないと思ってる」
それは、誰かの存在を否定する言葉ではない。
「必要なときには、行くし、頼られれば、応える。けれど……“常にそばにいる”ことだけが、支えじゃない」
スザナは、テーブルの上で、指を組んだ。
爪が、かすかに白くなる。
テリィは、それ以上、踏み込まなかった。
ただ、自分の立ち位置を、正直に置いただけだった。
長い沈黙。
紅茶の湯気が、ゆっくりと消えていく。
やがて、スザナが、静かに口を開いた。
「……少し」
声は、落ち着いていた。
「考えさせて」
それだけだった。
拒否でも、受け入れでもない。
「……わかった」
テリィは、即座に答えた。
「急がせるつもりはない」
それが、彼にできる、唯一の誠実さだった。
立ち上がる前に、テリィは一度だけ、スザナを見た。
「……ありがとう。話を聞いてくれて」
スザナは、微かに微笑んだ。
その笑顔が、どんな意味を持つのか、テリィは、問い返さなかった。
部屋を出るとき、ドアの前で、ほんの一瞬、足を止める。
だが、振り返らない。
振り返れば、言わなくていいことを、言ってしまいそうだったから。
スザナは、一人になった部屋で、しばらく動かなかった。
「支え方を、変える、か……」
呟きは、誰にも聞かれない。
それが、どんな意味を持つのか。
それを、受け入れられるのか。
それを考える時間だけが、静かに、与えられた。