汽車は、夜の大地を切り裂くように走っていた。
ピッツバーグを離れ、ニューヨークに戻る特別列車。
客車の窓には、街の灯が流星のように流れていく。
テリィは、座席に深く腰を沈めたまま、ほとんど外の景色を見ていなかった。
頭の中にあるのは、二週間前のあの夜の庭園。
ベンチ。夜風。
そして、キャンディの、あの一瞬の表情。
「……幸せなのか?」
自分が投げた問い。そして返ってきた答え。
「ええ……私は……幸せよ」
その言葉が、どうしても胸の奥で引っかかって離れなかった。
嘘だ、と決めつけるつもりはない。
けれど、“本当の答えではない”ことだけは、舞台の上でいくつもの感情を演じてきた自分には、痛いほど分かってしまった。
(……俺は、何をしてる?)
汽車の揺れに身を任せながら、テリィは目を閉じる。
思い返せば、「選ばなかった未来」を背負ってきた。
スザナ。舞台照明が落ちた、あの夜。
彼女が自分を庇い、脚を失うほどの大怪我を負った。
責任がないことなど、理屈では最初から分かっていた。
照明器具の落下は劇団の不備。
助けられた側が、人生を縛られる必要など、本来はない。
それでも、スザナは立ち上がるために、テリィを必要とした。
彼女のそばにいる限り、キャンディへの想いを、胸の奥にしまうしかなかつた。
消せないことも、忘れられないこともわかっている。
それでも、手放すしかなかった。
その後は、彼女の通院や買い物に付き添い、日常の雑事を担っていた。
学院時代の自分を知る者が見たら、笑うだろう。
規則破りは朝飯前、衝動的に行動し、自由奔放に振る舞っていたあの若き日。
そんな自分が、ここまで献身的に誰かのそばにいるなど、考えもつかないだろう。
だが、その時間は、意味をなしてきた。
スザナは、自立し始めている。
仕事を持ち、自分の人生を、自分の足で取り戻しつつある。
(もう……俺がいなくても)
ふと、そんな思いが、心に浮かぶ。
それは、裏切りではなかった。
むしろ、彼女が前に進んだ証だった。
汽車が、リズムを刻む。
規則正しい振動が、思考を静かに整えていく。
自分は、自分の夢を選んだ。
そして同時に、誰かの人生を支える役を、自ら引き受けた。
だがシカゴで、キャンディに会ってしまった。
会ってはいけないと分かっていたのに、会ってしまった。
そして、自分の中で諦めたはずの未来が、確かに息を吹き返した。
(……夢を見ても、いいんじゃないか)
誰かを支える役を終えたあとに、自分の人生を選び直しても。
芝居以外で、未来を選んでも。
その未来の先に、キャンディがいるなら……
(……会いたい)
ただの衝動ではない。逃避でもない。
自分の人生を、正面から引き受けた上での願いだった。
頭の中で、これからの仕事の予定が、自然と並び始める。
地方巡業。次のシーズン。契約。……一年。
一年あれば、すべてが整理できる。
スザナが、完全に自分の足で立つ時間も、自分が覚悟を固める時間も。
そしてもう一度、キャンディの前に立つ時間。
(一年たったら、連絡する)
そう、はっきりと思った。
汽車は、次の公演地へ向かって走り続ける。
テリィは、窓の外に流れる闇の中に、まだ形を持たない未来を見ていた。
それは、かつて手放したはずの夢。
だが今は、もう一度、選び直そうとしている夢だった。