それが公になったのは、年が明けて半月過ぎた頃だった。
テリュース・グレアムの結婚相手がアードレー家総長の養女である……その事実自体よりも、世間の興味は、別の方向へと過熱していった。
養父と養女。不自然な年齢差。
事実を歪め、想像を膨らませ、下世話な言葉で飾り立てた記事が、あたかも“真実”であるかのように紙面を埋めていった。
テリィは、その記事を見るたびに、怒りよりも先に湧くのは、自分への失望だった。
俺は、彼女を守ることができない。
名も、立場も、舞台で築いてきた評価もある。
それでも、この件に関しては、彼の力は及ばなかった。
火を消したのは、アルバートだった。
アードレー家総長としての権限。
長年にわたり築き上げてきた信用と影響力。
それらを、迷いなく行使し、報道は一斉に鎮まった。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
——それが、余計に悔しかった。
テリィは、アルバートと向き合った夜のことを、何度も思い返していた。
「……俺は、何もできませんでした」
そう口にしたとき、アルバートは、静かに首を横に振った。
「僕は親として、当然のことをしただけだよ」
穏やかな声だった。
「君は、夫として守らなければならないときがあるはずだ。僕とは役割が違う」
その言葉は、テリィの胸に、深く、重く残った。
◇
報道が鎮まっても、好奇の視線が消えたわけではなかった。
主演として出席しなければならない夜会。
格式ばった会場に、紛れ込む記者。
興味本位で近づいてくる者。
その場でテリィはアルバートの言葉のように、はっきりと“夫”として、無遠慮な言葉には毅然と応じた。
◇
完全に冷めたある日の夜。ペントハウスの寝室。
灯りは落とされ、街の光が、カーテン越しに淡く差し込んでいる。
テリィは、ベッドに腰を下ろしたまま、隣にいるキャンディを見つめていた。
長い沈黙のあと、ふいに、口を開いた。
「……なあ」
低い声。キャンディが、首を傾げる。
「なあに?」
テリィは、少しだけ視線を逸らし、それから、覚悟を決めたように言った。
「……俺と、結婚して……よかったか」
一瞬、時間が止まったように感じた。
キャンディは目を瞬かせ、明らかに戸惑った表情を浮かべる。
「なに言ってるの?」
その声には、驚きと、少しの不安が混じっていた。
「急に……どうして?」
テリィは、答えなかった。答えられなかった。
キャンディは、しばらく彼を見つめていたが、やがて、小さく息を吐いた。
「……良かったに、決まってるでしょう」
そう言ってから、少しだけ、間を置く。
そして、まるで初めて話すかのように、言葉を選びながら、続けた。
「私ね……あなたと別れてから、ずっと……」
声が、わずかに揺れる。
「忘れようとしたわ。何度も、何度も……。でも、忘れようとすればするほど、忘れられなくて……
会いたくて、会いたくて……どうしようもない夜が、どれだけあったか……」
キャンディは、視線を落とした。
「だから……あなたと、こうして一緒にいられる今が……」
ゆっくりと、顔を上げる。
「良くないなんて……思うわけないでしょう」
その言葉は、静かで、けれど、決定的だった。
テリィの胸に、一気に、感情が押し寄せる。
愛しさ。安堵。悔しさ。誇り。
すべてが混ざり合い、彼は、言葉を失った。
少しの間合いのあと、テリィはキャンディを引き寄せる。迷いのない腕。
彼女の額が、胸に触れる。
「……キャンディ」
名を呼ぶ声が、掠れる。
キャンディは、何も言わず、彼の背に腕を回した。ただ、抱きしめあう。
呼吸が揃う。心臓の音が、近い。
「愛してる、こんなにも」
キャンディは、その胸に顔を埋めたまま、囁いた。
この夜、ふたりはただ、互いの存在を確かめ合うように、静かに抱き合い続けた。
それで、十分だった。