深秋。霧が立ちこめるロンドンの大通りに、二つの劇場のポスターが並んでいた。
ひとつは、伝統と格式のシェイクスピア・メモリアル・シアター(SMT)版『ハムレット』。
ひとつは、新進気鋭のアレックス劇団によるロンドン版『ハムレット』。
最初は、観客もメディアも二分されていた。
「どちらが“本物”のハムレットか」
「どちらがシェイクスピアに忠実か」
「どちらが革新的か」
論争は街を駆け巡り、新聞は互いを煽り、劇場前では討論が始まるほどだった。
だが、その熱狂が極まったとき、ロンドンの観客が“ある遊び”を始める。
きっかけは、とある若い劇場通の女性が書いた一枚の投書だった。
〈両方観たら、どちらも素晴らしかった。比べるのではなく、味わいの違いを楽しむべきだと思った。〉
ロンドンの新聞はこの声を面白がり、次の週にはこんな特集を組む。
『二つのハムレットを梯子しよう!
――ロンドン演劇ファンが生んだ新しいブーム』
すると、人々は動き出した。
仕事終わりにまずロンドンへ。
週末にはSMTへ。
あるいはその逆。
「ハムレットの台詞の“重さ”はSMTだな」
「いや、テリュースの“狂気の繊細さ”はロンドン版が圧倒的だ」
「どちらも観て初めて、今年のハムレットが完成するんだ」
そんな声が街角で交わされ始める。
劇場の外で観客同士が議論し、カフェでは演劇の話題が飛び交う。
ロンドンはまるで、一年中、文化祭が続いているかのような熱気に包まれた。
観客が比較でなく両方を愛し始めたと知ったとき、SMTの内部にも変化が生まれた。
若手が言う。
「ロンドン版も満席なんでしょう?すごいことだよ、演劇界全体の勝利じゃないか」
アレックス劇団でも同じだった。
「SMTも素晴らしいと聞く。俺たちが張り合うのは観客の数じゃない。作品だ」
誰も口にしなかった本音……
シェイクスピアを愛しているからこそ、互いを認めたいという感情が、ようやく言葉になり始めた。
そして気づく。
対立も、怒りも、嫉妬も、すべての根底にあるのは……「みんな、演劇が大好きなのだ」という、ごく単純で美しい事実だった。
街の書店には“二つのハムレット比較特集”が並び、
大学では演劇科の教授が授業でこう語る。
「今年のロンドンは、二つのハムレットが互いを照らし合い、シェイクスピアの魅力を新たにした歴史的な年だ」
もはや、どちらが勝ったかではなかった。
両方の劇場は連日満席。
チケットの争奪戦が起き、街のあらゆるカフェとパブがハムレット談義の舞台になった。
観客が望んだのは対立ではなく、多様なシェイクスピアの楽しみ方だったのだ。
ある夜。上演を終えたテリィが、劇場の裏通りで霧の中ひと息ついていると、SMTの俳優がそっと近づいてきた。
「……あなたのハムレット、観ました。敵としてではなく、一人の俳優として、敬意を伝えたくて」
テリィは少し驚き、そして静かに微笑んだ。
「あなたたちのハムレットも素晴らしい。ロンドンは幸せな街ですね」
二人は握手を交わす。
劇場間の争いは、いつの間にか溶けていた。
争いを終わらせたのは権力でも、声明でもなく。
ただの“観客の愛”だった。
冬の初雪が舞う頃、ロンドンの新聞はこう締めくくる。
『今年のロンドンは、二つのハムレットに恋をした。文化が人を分けるのではなく、人を結びつける力であることを示した年だった。』
テリィはその記事を読み、そっとケビンに肩をすくめて笑った。
「……いいじゃないか。俺たちは俺たちのハムレットをやった。それだけだ」
ケビンはジョッキを掲げる。
「そしてロンドンは、それを受け止めてくれた!」
二人の笑い声は、霧の夜の街へと溶けていった。
ロンドンの灯りはまだ消えない。
観客たちも、劇場も、この「ハムレットの季節」を忘れないだろう。
対立から始まった物語は、“演劇への愛”がすべてを包み込んで終わる。
そして舞台は、また次の幕を上げる。