前提として、スザナを擁護する記事ではないということをご理解ください。

愛し合っていたキャンディとテリィのふたりを、結果的に引き裂いてまで、テリィを自分(スザナ)のそばに留めたのは、紛れもない事実です。

では、テリィとキャンディが恋人同士のまま、テリィがスザナを支えることはできなかったのか。

どうして“別れ”という選択しかなかったのか。

その疑問がずっと心のどこかに残っていて、私はそれを確かめたくて、事故後のスザナの心の動きや“障害受容”という過程を、ひとつひとつ調べ、考えてみました。そうして辿り着いた答えを、以下に記していきたいと思います。

スザナが落下事故で負った深い傷。

あの瞬間から始まったのは、ただ身体を治すためのものではありませんでした。

もう戻らない“これまでの人生”と向き合わざるを得ない状況を受け入れないといけないという作業から始まります。

障害を抱えたあとの心の変化は、日本のリハビリテーション医学では、上田敏先生がまとめた「障害受容」という考え方で語られます。

一方で、大きな喪失に出会ったときに揺れる感情は、キューブラー=ロスの「5段階モデル」がよく使われるそうです。まず、障害受容について説明します。受傷後に5段階の心情を辿るといわれています。

  1. 否認(Denial)
  2. 怒り(Anger)
  3. 取引(Bargaining)
  4. 抑うつ(Depression)
  5. 受容(Acceptance)

(これはエリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容」の5段階を、障害受容に応用したモデルです)実際の障害受容では、これらの段階を行き来することがあり、順番どおりに進むわけではないそうです。


事故後のスザナをこの「5段階」に当てはめてみます。

1.否認→事故後のショック直後。

・ここまでの大怪我だとは実感できない

・「元に戻れる」という希望を手放せない

・手術や義足の現実を完全には受け入れない

この段階は、舞台女優としての未来を手放せず、否認が支配していたと考えます。


2.怒り→否認が崩れかけた時期。おそらく、下肢切断の数日後くらいから

・「なぜ私が?」

・「なぜ彼(テリィ)は何も失っていないの?」

 ・テリィを責めてしまう

・キャンディへの嫉妬と怒り

・「こんな身体じゃ意味がない!」


3.取引→現実に抗いながら、自分なりに折り合いをつけようとする段階。

・「テリィがそばにいてくれれば生きていける」

・「テリィが私を支え続けてくれれば、人生は続けられる」

・「失ったものの代わりに“彼”を得れば、均衡が取れる」

これは「取引」の典型ともいえます。

“脚を失った代わりにテリィを手に入れたい”という心の奥底の願い。

彼女は「責任を取れ」と言いつつ、本当は “喪失を埋める代償” を求めている。


4.抑うつ→現実が完全に理解され、絶望・悲しみ・虚無が襲う段階。

・病院を抜け出して屋上へ向かった行動

・「生きていても邪魔なだけ」

・「私が死ねばふたりは幸せになれる」

・自己価値の喪失

・孤独と恐怖

ここが、スザナが自殺を図ろうとしたあの屋上でキャンディが救った夜です。「自殺未遂」の行為は、この段階そのものと思われます。


5.受容、そして最後の段階。受容とは、“心が軽くなること”ではなく、“現実と折り合いをつけ始めること”です。

→スザナの場合(私の創作したお話の中のスザナですが)

・義足と杖で外出できるようになる

・ラジオや朗読など、新しい活動に挑戦

・仕事をこなせる自信と手応え

・自分の価値を少しずつ取り戻す

・自分の人生の形を見つけ始めていた

これはまさに 受容期の特徴と考えます。


《考察》

○スザナのケガの【原因はテリィではない】

まず、これは紛れもない事実

・落下事故の原因 → 劇団の設備不良、安全管理不備

・スザナは“自発的に”テリィを助けた

・テリィに法的・社会的な責任はゼロ。

「助けようとして起きた事故の責任を、助けられた側に負わせる」という発想は、倫理的にも法的にも成り立ちません。

テリィが自分を責めるのは、彼の優しさ・罪悪感からです。


○スザナの要求は[責任]というより【喪失の怒り】

スザナは自分の人生の喪失に対して、その矛先がテリィに向かった。

心理学ではこれを 「不条理な怒りの投影」 と呼ぶそうです。

スザナはこう思ってしまったのです

・私は脚を失った

・私の女優としての人生は終わった

・あなた(テリィ)と同じ舞台に立つ未来も消えた

・なのに、あなたはキャンディと幸せになれる

・どうして自分だけこんな目に?

これは 障害受容の“怒り・葛藤期” の典型症状と思われます。

スザナがテリィに“責任取って”という要求は、愛情からというより、喪失の痛みから生まれた依存的行動 というほうが強いのではないかと考えられます。


○スザナの行動の背景

「私の人生が壊れたのに、なぜあなたは歩き続けられるの?」

スザナが求めていたのは……

・誰かに「あなたの人生は終わっていない」と言ってほしかった

・自分の価値がまだあると証明したい

・誰か(=テリィ)に“自分を見捨てないでほしい”

・事故の喪失感を埋めてほしい

つまり 「喪失の穴を埋めてほしい」 という状態だったと考えました。

だからこそ、彼女の言動は愛よりも“執着”の形に変わっていった……。


○キャンディとテリィが別れた本当の理由

ここが非常に重要で、スザナが“生きる価値がない”と思いかけていたから。

キャンディはスザナの屋上での言動から悟りました。

・このままではスザナは死ぬ

・テリィはスザナを支えるために苦しんでいる

・自分が残れば、2人が苦しみ続ける

・自分が引けば、スザナは生きる道を見つけるかもしれない

つまり、キャンディがテリィを愛していたからこそ、身を引いた。

そして、テリィもキャンディを愛していたからこそ、引き止めることをしなかった(できなかった)。

スザナがテリィに要求していたのは「私の喪失に見合うものをちょうだい」ということだと思いました。

○スザナがテリィを好きだったから、キャンディとテリィが別れたのか?……

ニュアンスとしては似てますが、スザナの喪失の痛みが、キャンディの“優しさ”に触発されてキャンディが身を引いてしまった。

こういう表現が合っているのかもしれません。

___次の記事に続く