夜のブロードウェイは、初春の雨に濡れた舗道をガス灯がぼんやり照らしていた。
劇場の前にはすでに人だかりができ、明日の初日を告げる大きなポスターが風に揺れている。
「The Tempest 主演:テリュース・グレアム」
その名前を見上げながら、通りを行き交う人々が「もう最後か……」「観たいな」と口々に囁く。
不況の街に久しぶりに流れるざわめき。
劇場の扉の向こうでは、最後の照明チェックが続いていた。
稽古を終えたテリィは、客席で脚本を閉じていた。
手元のページには何度も書き込まれた赤い線。
どれも稽古場で交わした仲間の意見や修正の跡だ。
「……このまま終わりたくないな」
不意に聞こえた声に顔を上げると、ケビンが舞台袖から現れた。
その後ろにはマイケルもいた。
「明日から“退団公演”て呼ばれるんだな。聞きたくないよ。」
ケビンの冗談めいた言葉に、マイケルが苦笑する。
「実感ないんだ。ずっとこの劇場にテリィがいるのが当たり前だったから。」
テリィはコートを羽織りながら、ゆっくりと立ち上がった。
「人は、ずっと同じ場所にはいられない。でも、同じ想いは、残る。」
その言葉に、二人は黙った。
照明の落ちた舞台に、わずかなランプの灯だけが残っている。
その光の中で、三人の影が並んだ。
「……明日、遅れるなよ」
テリィが軽く笑って言うと、ケビンが目を細めた。
「今夜、緊張で眠れないってことか?子どもじゃないんだから」
マイケルが吹き出す。
「そういえば、ケビン。Before Dawnのとき、目を赤くしてきたのを思い出した!」
「あれは仕方ないだろ?!ローリーだったんだから!大丈夫だよ、テリィの大事な舞台だ。寝坊なんかしない!」
笑いがこぼれ、緊張がほどけていく。
だが、その笑いの奥には確かな寂しさがあった。
どの言葉も、最後の夜が来るのを意識していた。
その夜、劇場の外では雨が上がり、雲の切れ間から月がのぞいていた。
そして翌朝。
ニューヨーク・タイムズの一面には、こう記されていた。
「俳優テリュース・グレアム、今夜、退団公演の幕が上がる」