暖炉の火が、静かな部屋の壁を赤く染めていた。
ニューヨークの冬はまだ厳しく、夜風が窓をわずかに震わせるたび、炎が細く揺れた。
帰宅したテリィはソファの肘掛けに封筒の束を置き、キャンディを呼んだ。
キャンディはその横顔を見ながら、そっとコーヒーを差し出した。
「どうしたの、この手紙たちは?」
「うん。今日、届いたものなんだ」
テリィは手紙を机の上に広げた。
そこにはアードレーの名をはじめ様々な名前が見える。
一枚、また一枚と並べていくたび、キャンディの目は見開いていった。
「アルバートさんだわ!」
「そうなんだ、先日の退団発表の記事を読んでくれたんだろう。アルバートさんが多額の寄付をしてくれた」
キャンディは静かにうなずいた。
アルバートさんとはニューヨークの出張の折に食事をすることもあるが、アルバートさんは多忙なため会えないことも多い。
こうして気に掛けてくれてることがわかると、いつも見守ってくれているその存在にキャンディの胸が温かくなる。
テリィは次の封筒を手に取る。
その指が一瞬だけ止まり、彼は深く息を吸った。
「そしてこれ」
キャンディが目を上げた。
テリィは便箋をそっと広げ、そこに刻まれた文字をキャンディに見せた。
“友の栄光に、敬意を。
アリステア・コーンウェル/アーチーボルド・コーンウェル”
その名前を見た瞬間、キャンディの瞳が揺れた。
胸の奥で、何かが熱く脈打つ。
「アーチー……ステアの名前を一緒に……」
「そうだ。亡くなった兄の名を連ねて寄付してくれた。 “兄もきっと同じことをしただろう”って添え書きがあった」
言葉が続かなくなった。
キャンディは唇を押さえ、ゆっくりと顔を伏せた。
テリィは黙ってその肩に手を置く。
「……うれしいね」
やっとのことで絞り出したその声は、涙で震えていた。
「ステアはいつだって、誰かの夢を信じてくれた人。きっと今も、天国で……あなたの舞台を見て、拍手してると思う」
テリィは微笑んだ。
「そうだな。2人ともそういうやつだよな」
炎がぱちりと音を立てる。
ふたりの間に流れる沈黙は、悲しみではなく、敬意と温もりに満ちていた。
「もう、アーチーったら粋なことするんだから」
キャンディは泣き笑いの顔で目尻の涙を拭った。
「あいつのほうがキザだよな」
テリィの瞳がかすかに揺れる、目頭が熱くなるのを感じた。
「キャンディ、この人たちからも寄付があった」
差し出された封筒には、“アメリカ赤十字ボランティア一同”の文字が。
キャンディは手を伸ばし、震える指先で封を開けた。
便箋には、見覚えのある筆跡が並んでいた。
(あのときの……病院で一緒に働いていた仲間たち……)
“看護婦として、私たちや家族を支えてくださったあなたのご主人が、
いま舞台で希望を灯しておられると聞きました。
微力ながら感謝を込めて。”
文字を追ううちに、キャンディの瞳がまた潤んだ。
かつて共に働いた仲間たちのぬくもりを呼び起こす。
「あの人たちまでも……」
声が震えた。
テリィは黙って頷いた。
キャンディは両手でその封筒を抱きしめるように握りしめ、涙をこぼした。
「あなたも、私も、こんなにたくさんの人に支えられてきたのね……」
「この好意、無駄にしちゃいけないな」
テリィは彼女の肩をやさしく抱き寄せた。
炎の明かりが二人の涙を淡く照らし、静かな夜に温もりを落とした。
彼は便箋を丁寧にたたみ、封筒に戻した。
そして机の上に並ぶ数々の手紙を、両手で包み込むようにして言った。
「これだけの想いが、劇団を支えてくれている。俺はそれに応えたい。退団公演だからこそ、 “終わり”じゃなく、“始まり”にしたい」
キャンディはその言葉に小さく微笑んだ。
「誰かがあなたを見て、“もう一度立ちたい”って思える。そういう舞台にしてほしい」
テリィはふっと笑みをこぼした。
「全力を尽くすから、キャンディ、俺を支えてくれ」
「もちろんよ!」
窓の外には、雪が降り始めている。
街の明かりがぼんやりと滲み、遠くの劇場街を柔らかく包んでいた。
彼の肩越しに見える街の光は、まるで舞台の照明のように優しく瞬いていた。
どんな嵐が吹いても、人の想いが灯す光は消えない。
ふたりはその光を、確かに胸の奥で感じていた。