午前の陽射しが牧場の草を金色に照らしていた。
カートライト牧場では、数人の男たちが干し草を積み上げ、遠くでは牛の鈴が軽やかに鳴っている。
のどかな音と風の匂いが混じり合い、空はどこまでも青く澄んでいた。
「カートライトさん!」
キャンディが声をかけると、納屋の前で手を休めた大柄な男が顔を上げた。
「おや、キャンディじゃないか!」
笑う声は風よりも大きく、少し離れた放牧地まで届くほどだった。
帽子を取ったテリィが軽く笑った。
「テリュース・グレアムと申します。このたびはお世話になります」
「ほう……」
カートライトは目を細め、日焼けした手で顎をさすった。
「君がキャンディの……そうかそうか。いや、いい面構えだな!」
カートライトは手を差し出し、テリィと力強く握手を交わした。
やがて、カートライトが手を叩いた。
「よし、こいつでどうだ。今朝ちょうど走らせたばかりだ」
柵の向こうから連れてこられたのは、艶やかな栗毛の馬だった。
「この子は気性が穏やかで、初めての人でも扱いやすい。おい!誰か、二人をこの馬に乗せて引いてやってくれ!」
「この馬、僕が操っても平気ですか?」
「お?乗馬の心得があるのかい?」
テリィは微笑んで頷き、鞍を確認すると手際よく整えた。
その動きに、カートライトは感心したようにうなった。
「なかなかやるな」
「僕の家でも馬を飼っていたんです。小さい頃から慣れています」
「おうとも!構わんよ」
テリィが馬を引いて彼女の前に立った。
「乗ってみるか?」
「怖くない?」
「俺がいる」
その一言に、キャンディは頷き、テリィの差し出した手を取った。
軽やかに馬上へ導かれた瞬間、ふたりの距離はぐっと近づく。
「じゃあ、少しだけ風に当たってこよう。湖まで行って戻ろう」
カートライトは目を細め、
「気をつけてな。門を開けてやれ」
馬が歩き出すと、地面の草がざわめき、陽射しが舞い上がる砂を金色に染めた。
キャンディは背後でテリィの体温を感じながら、少し緊張した声で言った。
「あなた、ほんとに慣れてるのね……」
「こういうのは、馬のほうが慣れてくれるんだ」
「ふふ、あなたらしい言い方」
やがて、丘の上に出た。
見渡す限りの牧草地、遠くに見える村の屋根、そしてどこまでも続く青空。
テリィは手綱を軽く引き、馬を止めた。
「ここで降りて、少し休もう」
隣同士で草の上に腰を下ろしてすぐにテリィはキャンディの膝に頭を乗せて寝転んだ。
風が柔らかく頬を撫でる。
丘の向こうには教会の尖塔が小さく見え、白い雲がゆっくりと流れていく。
「いい村だな」
「ええ。どんなに離れても帰ってくるとほっとするわ」
「俺にもそんな場所ができるんだな」
「え?」
「きみがいる場所なら、もうそれが“帰る場所”だってこと」
キャンディは言葉に詰まり、ただ風に髪をなびかせた。
陽光の中で、テリィが彼女の首にそっと手を伸ばす。
膝の上で目を細めていた彼の指先が、首筋の髪をすくい上げる。
風が一瞬止まり、世界が静かになる。
「……キャンディ」
呼びかける声は、まるで風の音よりも静かだった。
キャンディがそっと身をかがめると、テリィの手が彼女を導くように引き寄せた。
距離が、ゆっくりと、ひとつずつ消えていく。
風の音も、鳥の声も、遠ざかっていくようだった。
次の瞬間、光の中で唇が触れ合った。
それは熱でも衝動でもなく、ただ、ようやく辿り着いた静けさの中にある“約束”のようだった。
キャンディの指が、そっとテリィの頬に触れる。
テリィはその手に軽く頬をすり寄せ、再び彼女の膝に身を預けた。
「覚えておく。風の匂いも、光も、きみの声も」
風が二人の上を通り抜け、草原が金色に揺れた。
世界は穏やかに、けれど確かに、ふたりを祝福していた。
「ちょ、ちょっと! 見られてた?!」
「構わないだろ? もうすぐ結婚するんだから」
「もう、あなたまで!」
ふたりの笑い声が、牧風に溶けていった。
その午前の陽射しは、金色の未来を少しだけ先取りしたように温かかった。