1930年の春。

世界恐慌の傷跡は街の隅々にまで及び、ニューヨークの空気にはまだ冷たい風が残っていた。

劇場街の華やかさの陰で、失業者たちの列ができ、赤十字の掲げる旗が街角ごとにひらめいている。

キャンディの家の居間には、その赤い十字を描いた段ボール箱がいくつも積まれていた。

小さな子どもたちが毛糸くずを集めては遊び、

窓辺のテーブルでは、キャンディとエミリーが肩を並べて針を動かしている。


「この糸、やっぱりもう少し太いほうが丈夫ね」

エミリーが指先で縫い目を確かめる。

お腹はふっくらと丸みを帯び、座り方も慎重だ。

「そうね。これ、孤児院の子どもたちに渡す分だから、ほどけないようにしておきたいの」

キャンディは微笑んで針山を差し出した。


二人が取り組んでいるのは、赤十字の救援縫製会。

古着や寄付された布を子ども服に仕立て直し、困窮した家庭に送る活動だった。

この春からは、同じ町内の女性たちも数人加わり、

キャンディの家が小さな集会所のようになっている。


「ミシンの音って、不思議ね」

エミリーが手を休めて呟く。

「子どもの寝息みたいに、安心する音がする」

「ええ。こうしていると、心が落ち着くわ」

キャンディは笑いながら、

糸くずをつまんでごみ箱に入れた。


窓の外では、近所の少年が通りで叫んでいた。

「Red Cross Milk Drive! 一瓶のミルクで赤ちゃんを救え!」

キャンディが顔を上げる。

「ミルク募金、もう始まったのね」

「行ってみましょうか? 座ってばかりだと、お腹が張っちゃうの」

エミリーの言葉にキャンディは頷き、二人で上着を羽織った。

「ぼくも行きたい!」とオリヴァーの手を引く。

オスカーはマーサとゆったり庭で遊んでいる。


外に出ると、春の風が頬を撫でた。

街角のテーブルには、小さな缶と募金箱。

赤十字の腕章をつけた少年少女が、通りすがりの人々に声をかけている。


キャンディが小銭を取り出し、ミルク缶にそっと落とした。

金属音が澄んだ響きを立て、周囲の喧噪の中に小さな祈りのように溶けていく。


「ねえ、エミリー。こうしてほんの少しでも、誰かの助けになるのって嬉しいわね」

「ええ。自分たちにできることが、まだあるって感じられるもの」

エミリーはお腹をそっと撫でながら言った。

「この子が生まれたら、いつかきっと教えてあげたいわ。

 “お母さんはね、糸とミルクで世界を少し明るくしたのよ”って」


キャンディは微笑み、並んで歩き出した。

春の陽射しが三人の影を重ね、通りの石畳に柔らかく伸びていく。

遠くで教会の鐘が鳴り、赤い十字の旗が風に揺れた。


それは、嵐の時代の中でささやかに灯る――

二人の“母たちの祈り”のような午後だった。