舞台の稽古場で、自分が誰よりも注目される存在だと信じて疑わなかった。

主演のダルタニャンに抜擢されたのは、子役から積み重ねてきた経験がある自分の実力だと思っていたし、劇団の中で将来を嘱望されている存在だと自負していた。


――あの日、あいつが出会うまでは。


テリュース・グレアム。

かつて、ストラスフォード劇団最年少で本公演の主演に抜擢された男。

だが、公演はじまって日が浅いうちに、その演技は崩れていき、劇団史上最短で公演を打ち切りに追い込んだ男。

下積みを経て徐々に頭角を現してきた、その噂は耳にしていた。

アラミス役の選ばれたあいつは、立ち稽古が始まるとまるでそこに別人が乗り移ったかのようだった。

ただのリハーサルにすぎないのに、彼の声、歩き方、視線、そのすべてが場の空気を変えてしまった。


主役である自分が舞台の中心に立っているはずなのに、観客の目線から外された錯覚を味わった。

その瞬間から、自分の中の何かが大きく崩れた。


「……テリュースが主役のほうが、違和感なかったな」

演出家のつぶやきは、矢のように胸を突き刺した。


その夜、眠れなかった。

だが同時に、胸の奥で熱く燃えるものが生まれていた。

「あいつに勝ちたい」ではない。

「あいつと並び立ちたい」――そんな衝動。



『三銃士』新人公演を終えたあとも、その感覚は消えなかった。

次の『ハムレット』のオーディション。主役の候補のリストすら自分の名前はない。

だが父の力添えで、何かの役…ギルデンスターンの役を得ることにした。


そして舞台の上で、再びテリュースと並んだ。

彼の「ハムレット」に挑むように、自分も芝居を重ねた。

観客も批評家も、スポットライトを浴びたのはテリュース・グレアムだった。

そうだろう、あれほどの演技をするんだ、絶賛されるのは当たり前である。

あいつと同じ舞台に立てたことで、自分の芝居は変わった。

役に生きること、台詞を超えて存在すること。

すべて、あいつに教えられたのだ。


ハムレットの追加公演が終わったのち、アレックスは決意した。


「俺は俺の劇団をつくる」

父に資金を求めた。

裕福な実業家である父は「自分の道を歩むなら」と言って援助を惜しまなかった。

やがてブロードウェイの片隅に、若者にもわかりやすくアレンジしたシェイクスピア劇を上演する小劇場が誕生した。


意外なほど客席は埋まった。

原作の難解さを取り払い、音楽や軽快な演出を交えた舞台は若者に受け、評判は口コミで広がっていった。

いつしか「ハリントン劇団」は小劇団の中でもトップクラスの人気を誇る存在となった。


アレックスは胸の内でつぶやいた。

「テリュース、おまえに並ぶ方法は、俺はこれしかなかった」


そしてついに、ロンドン公演の機会が訪れた。

父の人脈を通じ、シェイクスピアの本場で自作を上演できることになったのだ。

渡英した夜、関係者の集いの場。

英国の劇壇の要人たちの中で、アレックスはある会話を耳にする。


「ニューヨークのあの若手俳優、テリュース・グレアムというのをご存じか?」

「もちろんだ。あの青年は公爵家の子息だそうじゃないか。演劇の道を選ぶとは驚いたが……血筋も舞台に立つにふさわしい」


公爵家の子息――?

アレックスは耳を疑った。


あのアラミス、あのハムレットを演じた男が……そんな背景を背負っていたのか。

一瞬、嫉妬の炎が胸をかすめた。

だがすぐに、アレックスは自分の中に奇妙な静けさを覚えた。


「あいつは、公爵の名がなくても……あの舞台に立っていただろう」


あの日、稽古場で自分のすべてを揺さぶったあの輝きは、出自ではなく、彼自身が持つものだった。


アレックスはグラスを持ち上げた。

「……待ってろよ、テリュース。俺もこのロンドンで、自分の芝居を証明してみせる」


そうして、二人の道は再び交わる未来へと進んでいくのだった。