時はずいぶん遡り、プロポーズのあと、テリィのペントハウスまでの道のりでのお話。



車のエンジン音が、冬の夜気を切り裂くように低く響いていた。

ニューヨークの街は、クリスマス・イブの魔法に包まれ、どこもかしこも光に満ちている。

街路樹の並木には白銀のイルミネーションが揺れ、ショーウィンドウのガラス越しには鮮やかな飾り付けが施されたツリーがきらめいていた。

時折、外を行き交う人々の笑い声や讃美歌の旋律が車内にも届く。


テリィは片手でハンドルを操りながら、もう一方の手を自然とギアのそばに置いていた。

助手席にはキャンディ。ブランケットに身をくるみ、頬を赤く染めながら窓外の光景に目を奪われている。

ガラスには彼女の吐息が淡く曇りを作り、やがて溶ける。

「夢みたいね」

小さく洩らした呟きは、夜の静けさの中でクリスマスの鈴音のように澄んで響いた。

「何が?」

テリィは視線を前に向けたまま、低く問い返す。


「こうして……あなたの隣に座って、ニューヨークのイブを一緒に過ごしていること」

テリィはちらりと横目で彼女を見た。その瞳に映るのは、子どものように輝く笑顔。

「そうだな。でも夢じゃない、現実なんだ。ほら、ちゃんと隣に俺も、きみもいる」

落ち着いた声は底しれぬ優しさと温もりがあった。

キャンディは照れくさそうに笑みを浮かべ、そっとテリィの腕に身を寄せた。


「ねえ……今夜は、どこにも寄らないの?」

「うちを紹介するって言ったろ。ちゃんと部屋を整えてある」

「あなたが?」

「まさか。通いの家政婦を頼んでいる。食事もお願いしてあるから、俺の家なら周囲に気を遣わなくて済む」


赤信号で車が止まり、静けさがふたりを包んだ。

テリィは片手を伸ばし、キャンディに向かって手のひらを広げる。

「ほら」

戸惑いながらも差し出したキャンディの手を、テリィは力強く、しかし大事に包み込んだ。

そのぬくもりが互いの鼓動にまで染み渡る。


「明日……また駅まで送るの、俺の方がしんどい気がする」

テリィの口元に浮かんだのは、わずかな苦笑。


「ううん、私もよ。でも……さっきの言葉、嬉しかった。“いつでも来い”って」


「来てほしいに決まってる。むしろ帰したくない」


キャンディは彼の横顔を見つめた。街のネオンが頬に淡く色を落とし、その影が彫刻のように深みを増す。

「……あなたって、こんなに優しかったかしら」


「いまさら?」

「ううん。忘れてたわけじゃないけど……また、好きになっちゃうなと思って」


一瞬の沈黙のあと、テリィは小さく笑い、信号が青に変わるとアクセルを踏み込んだ。

「もっと好きにさせる。……覚悟しておけよ?」


キャンディは笑ったふりをして俯いた。胸の奥で熱いものが広がり、言葉にできない思いが押し寄せる。


――ほんとうに、今夜が終わらなければいいのに。


そう願う気持ちは、ふたりとも同じだった。


車は静かに走り続け、遠くに見える摩天楼の灯が夜空に浮かぶ星座のように瞬いていた。

クリスマスの夜、ニューヨークは大都市の喧騒を超えて、ふたりだけの時間を確かに刻んでいた。