大きすぎる机の上に、真新しい羊皮紙と羽ペンが置かれていた。

その前にちょこんと座る少年の姿は、部屋の広さに比べてあまりに小さかった。まだ四歳、背筋をまっすぐに伸ばそうとしても、椅子の背には届かない。


「テリュース、手元を見なさい。……そう、そこに“G”と書くのです」

鋭い声が背後から飛ぶ。冷ややかな調子の「ミセス」は、母親というよりも監督官だった。

彼女の白い指が紙の上を示すが、その指先には温もりはなく、ただ命令の矢印のように冷たく突き刺さった。

テリィは小さな手で羽ペンを握り、ぎこちなく紙の上に動かした。インクがぽたりと落ち、黒い染みが広がる。


「違います。……何度言えばわかるのですか」


ため息とともに、乾いた声が響いた。

テリィは肩をすくめた。まだ幼い指は思うように動かない。書きたい気持ちはあるのに、羽ペンは彼の手には重すぎた。


窓の外では、遠縁の親族の子どもが客人として滞在しており、芝生の上を数人の子どもたちが駆け回っていた。

歓声と笑い声が陽射しの中で弾けている。

けれど、その輪に彼の居場所はなかった。

机に座らされ、羽ペンを握らされたまま、幼い胸はしくしくと痛んでいた。


「もう一度」

継母の声に背中がびくりと震える。紙の上にまた不格好な“G”が並んでいく。

テリィは知っていた。どんなに努力しても「よくできました」という言葉は返ってこないことを。彼に与えられるのは、冷ややかな視線と「まだ駄目」という烙印だけ。

やがてミセスが席を外した。部屋にひとり取り残されたテリィは、小さな唇をかみしめながら、もう一度ペンを握った。

(ちゃんと書けるようになれば、もしかしたら……)

そう思って、何度も何度も紙の上に文字を刻んだ。インクのしみで紙はすぐに破れてしまう。手の甲には黒いしずくが点々と残った。

「……G……r……a……」

覚えたての綴りを口の中で繰り返す。小さな声は震えていたが、消えることはなかった。


“Granchester”

まだ意味も重みもわからないまま、ただその名を正しく書けるようになりたかった。


陽は傾き、部屋に長い影が落ちる。誰も褒めてくれない机の上で、幼い少年はひとり、文字の列と向き合い続けていた。

耳に届くのは羽ペンのかすれた音と、遠くから響く笑い声。

けれど彼の座る椅子のまわりには、どんな笑顔もなかった。

やがて疲れ果てて、ペンを置く。小さな指先はインクで汚れ、肩は重く垂れ下がった。

けれど、その紙には確かに、彼が刻んだ幼い文字が残っていた。震える線と不格好な曲線。

それは、彼の孤独な戦いの証だった。


キャンドルの炎が揺れる。ミセスが戻ってきて、紙に目を落とす。

一瞬の沈黙のあと、彼女はただ冷ややかに言った。

「……まだ、形になっていませんね」

それだけを残し、彼女は踵を返した。

扉が閉まる音のあと、部屋には再び静けさが満ちた。

テリィは机の上の文字を見つめ、胸の奥で小さくつぶやいた。

「……ぼくは、できる。ぜったいに」

その声を聞く者は誰もいない。

けれどその夜、紙の上には、幼い決意の跡が確かに残っていた。

こうして始まったのは、まだ四歳の少年が孤独の中で学び、耐え抜こうとした最初の記憶だった。

誰にも褒められず、抱きしめられることもなく。

ただひとりで、己を支えるために。


やがて彼の心を覆う影は深くなる。

だが、この時の小さな声なき声が、彼を生かし続ける力の種となるのだった。