幕が上がった初日は、観客席には芝居を楽しみにしている者と、スキャンダルの真相を探ろうとする者とが入り混じっていた。
客電が落ちると、ざわめきは静まり返る。
ロミオの登場――その瞬間、視線は一斉に舞台へ注がれた。
そこに立つテリュース・グレアムは、記事に書かれた姿とは別人だった。
高鳴る若さと切実な激情、そして研ぎ澄まされた言葉。
その声がホールに響いたとき、観客の心はひとつ残らず掴まれていた。
「おお、ジュリエット。君こそ太陽――」
その台詞は甘美でありながら、どこか痛切な真実味を帯びていた。
記者たちは手にしたペンを止め、舞台の空気に圧倒されていた。
芝居の中で語られる“愛”は、記事の中で騒がれたそれとは別次元のもの。
観客は次第に、スキャンダルなどどうでもよくなるほどに舞台へ引き込まれていった。
翌日の新聞評は、それを如実に物語っていた。
「圧倒的な演技で沈黙を打ち破ったロミオ」
「スキャンダルの見出しは消え、残ったのは芝居そのもの」
そんな言葉が紙面を飾り、世間の話題は「恋人報道」から「舞台の成功」へと移り変わっていった。
日を追うごとに、初めは冷ややかに記事を読み比べていた観客さえも、実際に芝居を観たあとは口を揃えて言った。
「あれは本物のロミオだ」「一度では足りない、もう一度観たい」と。
そして迎えた千穐楽。
カーテンコールで舞台に立つテリィを見上げながら、客席には惜別のざわめきが広がっていた。
「もう終わってしまうのか」
その声は舞台のあちこちから漏れ、拍手はやまず、幾度も幾度もカーテンが上がった。
スポットライトの下、深々と頭を下げるテリィの姿は、最初に浴びせられたスキャンダルの影を完全に超えていた。
彼が残したのは記事ではなく、舞台そのもの。
観客の心に刻まれたのは、ただひとりのロミオの姿だった。舞台の幕が下り、鳴りやまぬ拍手の余韻がまだ耳に残っていた。
楽屋に戻ると、テーブルの上には花束や贈り物が山のように積まれている。
それらに視線を落としながら、テリィはひとり、深く息を吐いた。
――やり切った。
ロミオという役を通して、自分の中にこびりついていた影を確かに超えられた。
この芝居は、過去と向き合うための戦いだった。
だが、その渦中で気づかなかったことがある。
ふと脳裏に浮かぶのは、キャンディの笑顔。
この2ヶ月間、彼女は何も言わなかった。
新聞に何度も踊った記事も、くだらない憶測も、口に出すことは一度もなかった。
問い詰めることも、拗ねることもなく。
――気遣ってくれてたんだ。
自分が舞台に集中できるように、わざと何も言わずにいてくれた。
平気なふりをして、傷ついた心を隠していたに違いない。
なのに俺は、そのことに目が向かなかった。
過去と自分ばかり見つめていて、いちばん大事な存在の心を見ようとしていなかった。
テリィは椅子に腰を下ろし、目を閉じた。
――ありがとう、キャンディ
胸の奥で、言葉にならない思いが何度も繰り返される。
楽屋の静けさに包まれながら、彼は初めて、舞台を超えて自分を支えていたものの大きさに気づいた。