秋の気配が忍び寄る午後。
キャンディは買い物帰りに立ち寄った新聞売店で、見覚えのある名前に目を奪われた。
『ロミオとジュリエット、現実の恋か――人気俳優テリュース、夜の街で“彼女”と』
紙面に映るのは、劇場を出て歩くテリィと若い女優。
切り取られた構図は、まるで恋人同士のように見える。
キャンディは胸の奥がずきりと痛むのを感じた。
「……違う、そんなはずないのに」
そう自分に言い聞かせながらも、目は写真から離れなかった。
家に戻ると、テーブルの上にそっと新聞を伏せた。
やがて新聞を持って立ち、引き出しの奥にしまい込む。
彼の邪魔になるものは、決して目に入れたくなかったからだ。
ロミオ役はテリィにとって、過去を克服するための大切な舞台。
その心を曇らせるような報道など、あってはならない。
けれど――。
隠すたびに、胸の奥に小さな棘が刺さるようだった。
「信じてる。あのひとはそんな人じゃない」
そう思えば思うほど、世間の好奇の視線が自分を孤立させていく。
夜、遅くに帰宅したテリィは、稽古で疲れた様子ながらも表情は凛としていた。
「今日は立ち稽古だった。難しい場面もあったけどね」
そう言う彼の声に、キャンディは笑みを作って頷いた。
テリィは今、自分の過去を見つめ直し、必死に戦っている、何も言わないテリィだったが、キャンディにはわかっていた。
だからこそ、この自分の痛みを口に出すわけにはいかない。
「おかえりなさい。お疲れさま」
たったそれだけの言葉を重ねた。
だが、胸の奥に溜め込んだ棘は、誰にも気づかれないまま、じわりと彼女を傷つけ続けていた。
翌る日、十数台のカメラが並ぶ会見場。
壇上には劇団の団長ロバート、演出家スチュアートとウォルター、そして正式にロミオ役に選ばれたテリュース・グレアムが座っていた。
熱を帯びた照明の下で、彼の横顔は凛として静かだった。
「本日の発表をもって、次回公演『ロミオとジュリエット』のロミオ役を、テリュース・グレアムが務めることを正式にお伝えします」
団長の声が響いた瞬間、フラッシュが一斉に焚かれた。
会場には拍手と記者たちのざわめきが入り混じり、すぐに質問の手が挙がる。
「グレアムさん、いまのお気持ちは?」
「シェイクスピア4大悲劇です。大役となりますが、どんな挑戦になるとお考えですか?」
最初の数問は舞台に関するものだった。
テリィは、低く落ち着いた声で答えた。
「とても光栄です。ただ、ロミオという役は決して華やかさだけでは務まりません。若さや情熱だけでなく、観客に“真実の愛”を届けられるかどうか……そこに全力を注ぐつもりです」
その答えに、会場は一瞬だけ静まった。
だがすぐに、別の方向から矢が飛んでくる。
「では、その“真実の愛”とは先日報じられた女優との関係を指しているのですか?」
「舞台の恋が現実でも育まれていると考えていいのでは?」
「ロミオとジュリエットは舞台の上だけなのか、それとも……?」
記者たちの声が重なり、場内はざわめきに包まれた。
団長が「芝居に関する質問を」と制止しても、矛先は止まらない。
テリィは視線をわずかに下げた。
長い沈黙のあと、はっきりと言い切る。
「……私が語れるのは舞台のことだけです」
短く、だが揺るぎない言葉だった。
冷ややかな声色に感情はなく、ただ芝居への覚悟だけがにじんでいた。
記者たちは一瞬息を呑んだが、すぐに手元のノートに書きつける。
「沈黙のロミオ」「愛を隠す男」――見出しになる言葉は、また新たに増えていった。
会見を終えて立ち上がるとき、テリィは壇上から報道陣をひときわ鋭い眼差しで見渡した。
彼らが求めているのは、芝居ではなく虚構の恋物語。
舞台が始まる前から、彼はすでに孤独な戦いのただ中にあった。