11月末、ストラスフォード第三劇場、『Before Dawn アンコール公演』のこの日の公演を終え、まだメイクを落としていないケビンが、楽屋口からそっとテリィを呼び止めた。

声はいつになく低く、真剣そのもの。


「なぁ、テリィ……頼みがあるんだ」

「ん?なんだ、妙に改まって」

軽口で返そうとしたテリィだったが、その顔に冗談の影がないのを見て、歩調を緩めた。


ケビンは一度、深呼吸をしてから口を開いた。


「実はさ、公演中に……俺の恋人がニューヨークに来るんだ」

テリィの足が止まる。

「……恋人?」


「ああ。初めて来るんだ。今まで舞台に招待したことはなかったけど……でも今回は、どうしても、ちゃんと見てもらいたくて」

言葉を選びながら、ケビンは小さく笑った。

「それと……この機会に、プロポーズするつもりなんだ」


テリィの眉がぴくりと動く。

「プロポーズか……。で、その大事な相手の迎えを俺に頼むと?」


ケビンはこくりとうなずいた。

「出番の準備があって、どうしても時間が合わないだろ?だから……テリィの名前で、バウチャーを手配してもらえると助かるんだけど」


「俺の名前で?」

ケビンは少し気まずそうに肩を竦めながら言った。

「俺じゃまだ劇団の契約チケットなんて……看板クラスしか使わせてもらえないから」


テリィは腕を組み、片眉を上げる。

「なるほど。だから俺の名前を借りたいってわけか」

「悪いな、ほんと。メイクの時間で出られないし、でも彼女ニューヨークが初めてだから迷わないかと心配だし……」


「わかった、俺の名前で手配してやる…で、その相手ってのは、どんな子なんだ?」

ほんの一瞬、沈黙。

そしてケビンは観念したように告げた。


「……ポニーの家で育った子なんだ」


「………は?…そうか、わかった、なら今夜俺んち来い!」


「はい?」


夜、テリィのペントハウス。

ケビンを伴って帰ってきたテリィは、リビングのソファに腰を下ろすと、


「キャンディ、ちょっとした報告があるんだ」

「報告?」


キャンディが紅茶を差し出すと、テリィは口元に微笑を浮かべてケビンを顎で示した。


「こいつ、どうやらプロポーズするらしい」

「えっ!?」

キャンディの目が丸くなる。


「相手、誰だと思う?」

テリィの声音はどこか愉快そう。


ケビンは慌てて身を乗り出した。

「お、おい!自分で言うから!」


キャンディが期待と緊張の入り混じった視線を注ぐと、ケビンは観念したように言った。

「……実は、君の同僚だった看護婦だ」


「ええええっ!」

キャンディは思わず立ち上がり、手にしたティーカップを危うく落としそうになる。


テリィはその様子を見て、口元をニヤリと歪めた。

「ほらな、驚くだろうと思ったんだ」


「あなた……まさか、この顔が見たくてケビンさんを連れてきたの?」

「どうかな」

どこか得意げだ。


ようやく事態を呑み込んだキャンディは、落ち着きを取り戻して尋ねた。

「それで、迎えはどうするの?」


「俺がバウチャー頼んである。駅からそのまま劇場まで来てもらう」


「そう……じゃあ、次の日は落ち着いて食事しましょう。私、プラザホテルのレストランを予約しておくわ。楽しみだわー、早く会いたい」


「ありがとう、助かるよ」

ケビンは深く頭を下げ、少し頬を赤らめた。


キャンディはそんな彼に向かって優しく笑い、テリィは横で満足げに頷いた。