1930年秋。その夜、子ども部屋にランプの柔らかな明かりが灯った。
オリヴァー(3歳)とオスカー(1歳)は並んでベッドに入り、毛布から顔をのぞかせている。
「パパ、読んで!」
オリヴァーが元気いっぱいにリクエストし、オスカーも兄を真似して「ぱぱー」と声を上げる。
「よし、任せろ」
テリィは分厚い絵本を片手に椅子へ腰を下ろした。
舞台俳優として鍛え上げられた声が、部屋いっぱいに響き渡る。
「そのとき! 大きなオオカミが牙をむいて言った!」
ドン、と足を床に軽く打ちつけ、効果音まで入れる。
オリヴァーは最初こそ目を輝かせて聞いていたが、やがて顔がこわばり、毛布をぎゅっと握りしめた。
オスカーは下唇を震わせ、次の瞬間――
「うわあぁぁん!」
とうとう泣き出してしまった。
「えっ、なんだ? ここは怖い場面じゃなくて、スリルの見せ場で……」
テリィは慌ててページをめくるが、泣き声は止まらない。
ドアのところで腕を組んでいたキャンディは、困り顔をしながらも微笑んでいた。
「テリィ……寝かしつけなのに、舞台の癖が出ちゃってるわ」
「……そうか?」
「そうよ。じゃあ、交代」
キャンディは絵本を受け取り、子どもたちの間に腰を下ろした。
声は小さく、語りかけるようにやわらかい。
「森の小道を歩いているとね、小さな小鳥が歌っていました」
さっきまで涙でぐしゃぐしゃだったオスカーの瞳が、じきにとろんと閉じはじめる。
オリヴァーも毛布の端を握ったまま、すぐに呼吸がゆったりとした。
数分後には、二人ともすっかり眠り込んでしまった。
「すごいな」
テリィは感心していた。
キャンディはくすくす笑って、寝顔を見下ろした。
テリィは囁くように言う。
「じゃあ俺も、キャンディ先生に読み聞かせの稽古をつけてもらうか」
キャンディは顔を上げ、目を細めて笑った。
「いいわよ。でもまずは……静かにおやすみ、ね?」
二人はそっと子ども部屋を出て、廊下の灯を落とした。
扉の向こうでは、オリヴァーとオスカーの寝息が揃って小さく響いていた。
翌晩。
子ども部屋にまたランプが灯った。
オリヴァーとオスカーは毛布の中から「パパ読んで!」と声をそろえる。
昨夜の“怖すぎるお話”をすっかり忘れているらしい。
「よし、今度こそ完璧にやってみせる」
テリィは低く息を吐いて気合を入れた。
キャンディが椅子に腰かけ、腕を組んでにやにやと見守る。
「じゃあ、どうぞ? “寝かしつけ”モードでね」
テリィはごほんと咳払いし、絵本を開いた。
そして……声色をいつもより一段低く、やわらかく落とす。
「森の奥にはね、小さなウサギがいて……」
その声は、舞台で観客を圧倒する重厚なものではなく、まるで毛布の中にそっと忍び込むような優しい囁きだった。
オリヴァーがぱちくりと目を瞬かせ、
「……パパ、こわくない」とつぶやく。
オスカーも「んー」と寝返りを打ち、そのまま指をくわえた。
テリィは調子に乗って続ける。
「ウサギはね……夜のお星さまに“おやすみ”って言ったんだ……」
声の抑揚はほんのわずか、呼吸に寄り添うような緩やかな調子。
昨日のドスンと床を鳴らす迫力は影もない。
代わりに子どもたちのまぶたが、じわじわと重くなっていく。
五分も経たないうちに、オリヴァーはすやすや、オスカーも小さな寝息を立てていた。
テリィは絵本を閉じ、ふっと安堵の息を漏らす。
「……できた」
キャンディは横で、口元を手で隠しながら笑っていた。
「ふふ、やればできるじゃない。舞台じゃ“嵐”を起こすのに、ここでは“子守歌”になれるのね」
テリィは少し照れたように肩をすくめる。
「舞台で観客を眠らせたら大失敗だが……こいつらが相手なら、大成功か」
キャンディは頷き、彼の腕にそっと自分の手を添えた。
「うん。今日のあなたは最高の父親よ」
二人は寝顔を確かめながら部屋を出た。
こうして“読み聞かせリベンジ”は大成功。
テリィは、新たな役をひとつ手に入れたのだった。