あの日々を思うと――今が不思議でたまらない。
目覚めれば、すぐ隣に彼がいて、少し寝癖のついた髪でこちらを見て微笑む。
朝食を一緒にとって、ほんの何気ない会話を交わし、午後には肩を並べてお茶を飲む。
夜、帰ってきた彼を「おかえり」と迎えると、必ず「ただいま」と返ってくる。
そのひとつひとつが、私にとっては奇跡の連なり。
もう二度と会えないと思っていた。
お互い、別々の道を歩くのが当然だと信じていた。
それなのに、運命はふたたび私たちを結びつけた……。
いえ、きっと初めから決まっていたのかもしれない。
どんなに遠回りをしても、最後にはこの場所で出会い直す運命だと。
さっきまで彼を見送った玄関の気配がまだ残る。
窓辺に立ち、眼下のニューヨークの街を見下ろすと、胸の奥に温かさと不安が入り混じったような感覚が広がる。
互いの腕に抱かれて眠った次の日の朝は、世界が少し違って見える。
幸せすぎて、怖いほどだ。
この時間が永遠に続くのだろうか、それともいつかは終わってしまうのだろうか。
けれど、彼の笑顔を思い出すと、その不安はそっと静まっていく。
私たちは確かにここにいて、同じ時を生きている。
もうあの別れの寒さに戻ることはない――そう信じてる。
キャンディはぼんやりと街並みを眺め続けた
窓の向こうでは、石畳を行き交う馬車の車輪が乾いた音を立て、通りを渡る人々の影が冬の陽を長く引き延ばしている。
胸の奥にまだ、さっきの温もりが残っている。
こんなに満たされていて、本当に大丈夫なのかと。
「……なに考えてんだ?」
背後から低く響く声。
振り返ると、玄関を出たはずのテリィが、コートの襟にかかった雪を払って立っていた。
驚くキャンディに、彼は悪戯っぽく片眉を上げる。
「忘れもんだ」
そう言って手に持っていたのは、今朝キャンディが淹れてあげた紅茶の香りがまだ残るマフラー。
「これがないと、今日は寒くて凍える」
「マフラーのために戻ってきたの?」
「そうだ。これがないと今日は困るほど外は寒い」
テリィは微笑むとそのマフラーを、キャンディの首元に巻く。
「あったかいね」
「当たり前だ。俺が巻いたんだから」
何でもないやりとり。
でも、それが堪らなく愛しい――キャンディは、もう一度この胸の中でその奇跡を確かめるように、そっと目を閉じた。
マフラーを巻き終えたテリィが、指先で軽く端を整える。
その距離が、ふいに近くなる。
キャンディは息を呑み、頬にかかる彼の吐息の温かさを感じた。
「これでよし」
低く囁いた声が耳に触れた瞬間、テリィの唇がそっと触れる。
軽く、でも確かに――別れの前に印を刻むようなキス。
やがてキャンディの首元から外したマフラーは、テリィの首に巻かれる。
「行ってくる」
彼は短くそう告げて、名残惜しそうに視線を絡めたまま玄関へ向かう。
扉が閉まる音のあとも、胸の鼓動はしばらく落ち着かない。
窓辺に戻ったキャンディは、街を見下ろしながら小さく笑った。
幸せすぎて怖い――そう思ったはずなのに、今はもう、その怖ささえも愛おしい。
彼が、必ず帰ってくると知っているから。