《創作物語 11話の続きになるお話です》


午後の静けさが部屋を包んでいた。

晩夏のギラギラした陽が、レースのカーテン越しに差し込み、スザナの横顔を照らしている。

彼女は万年筆を手に、机の上の原稿用紙に向かっていた。


新しい舞台の台本……

マデリーンとのこの仕事は、ナレーターとともに今のスザナの生きがいだ。

けれど、今日の彼女は、なかなか一行目を書き出せずにいた。


頭の中に、テリィの言葉が残っている。


『支える方法を、変えてもいいんじゃないかって』


いつもの優しい声だった。

彼なりに誠実に向き合おうとした言葉だとわかる。


スザナは、それを否定はしなかった。

でも、すぐには受け入れできなかった。


(私、頼らなくてもやっていけるように見えてたのかしら)


確かに、今の彼女は一人で仕事へ出かけられる。

杖と義足を使えば、近所のカフェにも、劇場にもラジオ局にも通えるようになった。

脚本家としての仕事も評価され、生活のリズムも整ってきた。


でも、それでも。


扉の開く音。

低く穏やかな声で名を呼ばれる瞬間。

「無理するな」と、眉をひそめる優しさ。


そんな日々を“もういらない”と言い切るには、心がついてこなかった。


けれど、彼の気持ちもわかっている。


ずっと、足を止めていたのは、きっと私のほうだ。


机の上に視線を戻す。

原稿用紙の一枚目には、何も書かれていない。

万年筆の先を紙に近づけて、そっと言葉を置く。


《ひとりで歩くために、あなたの手から少しずつ離れていく。

でも、振り返ればきっと、まだ見える場所にいてくれる。

それが、ほんとうの支えかもしれない……。》


スザナはゆっくりと息を吐き、窓のカーテンを開けた。名残惜しそうな蝉の声が遠くから聴こえる。


(今の私は、どう見える?)


ひとりで立つことと、ひとりきりになることは違う。

彼がくれた温もりは、形を変えて、今も心の中に残っている。


テリィの申し出は、「終わり」ではなく、「始まり」なのかもしれない。


彼がそばにいたから、自分はここまで来られた。


次は、自分が選ぶ番なのだ。


ふと、母の足音が廊下から聞こえた。

台所で鍋の蓋が開く音も、生活のひとつとして静かに響いている。


静かな午後、心に小さな灯がともった。

窓の外で、風がカーテンを揺らした。

光と影が、ゆっくりと机の上を行き来する。


スザナは万年筆を閉じ、目を閉じた。

心の奥では、まだ迷いが残っている。

けれど……もう、答えはわかっている。


それでもすぐには動けない。

いまはただ、その“決めた想い”が、

静かに形を成すのを待ちたかった。


胸の奥で、小さくつぶやく。

「……もう、大丈夫よね」


言葉にならない決意が、

午後の光のなかで、そっと微笑んでいた。