ポニーの家の前庭で、子どもたちはいつものように泥だらけになって遊んでいた。
高く蹴り上げられたボールを追いかけていたひとりの少年が、ふと立ち止まる。
「うわあ…! 見て!すっごいカッコいい車が来るよ!」
その声が合図になったかのように、ほかの子どもたちも振り返る。
畑の向こうから、ゆっくりと近づいてくる黒光りする車。
乾いた砂利道を行くその姿は、田舎の風景にはどこか不釣り合いなほど、洗練されていた。
「新車だよ、ピカピカだ!」
「すげえ…あんなの、はじめて見る!」
男の子たちは声を弾ませ、女の子たちは目を丸くする。
ざわめく子どもたちの声は、キッチンの窓辺まで届いていた。
ちょうど夕食の仕込みをしていたレイン先生が手を止めて、まな板に包丁を置いた。
「…なにかしら、あの騒ぎは」
布巾で手を拭きながら、戸口の方へ顔を出す。
リビングのロッキングチェアでは、ポニー先生が静かに編み物をしていたが、その様子に顔を上げた。
「ジミーが来たのかもしれませんね。最近、またよく手伝いに来てくれるから」
けれど、レイン先生は首を振った。
「ジミーの車じゃないと思います。あんな立派な車、見たことがありませんもの」
「アードレーさんかしら。あの方、いつも予告なしでいらっしゃるから…」
そう言いながらも、どこか落ち着かない気配が部屋を包んでいた。
そのとき――
「ポニー先生! ちょっと、来てください!」
玄関のほうから、レイン先生のいつになく高ぶった声が響いた。
「まあまあ…どうなさったの、そんなに慌てて」
ポニー先生は立ち上がり、扉の方へ歩み寄る。
そこには、玄関先に立ちすくむレイン先生の姿。いつもの穏やかな表情が消え、どこかうろたえた面持ちでこちらを振り返った。
「アードレーさんでは…ありません…!」
「では、誰が?」
レイン先生は言葉を失ったように口を開け閉めするばかり。
その視線の先を追って、ポニー先生も玄関の外へと足を踏み出した。
風が乾いた土の匂いを運んでくる。
畑の向こうから、黒い車が、静かにこちらへ向かっていた。
車体は陽の光を反射し、砂ぼこりを巻き上げながらも、どこか気品すら帯びている。
やがて、運転席の姿がはっきりと見えてきた――
その瞬間、ポニー先生は息を呑んだ。
眼鏡をかけ直し、胸元にそっと手を添える。
もう何年も前に見送った、あの少年の影が――
たしかに、そこにあった。
背筋の伸びた青年。
変わったようで、変わらぬあの瞳。
そして、強く生きようとする意思をたたえた面差し。
「グ…グランチェスターさん…?」
言葉は、風にかき消されそうなほど小さく、けれど確かに口をついて出た。
その名が、ポニーの家の空気を震わせた。
やがて車が止まり、扉がゆっくりと開く。
そこに立っていたのは――
あの冬の日、キャンディの背に別れを告げた、“あの少年”だった。