「入るぞー!」

楽屋の扉の向こうから、軽快な声がふたつ重なった。

続けざまにガチャリとドアノブが回され―


「…って、え⁉」

「わっ、す、すまん!!」


マイケルとケビンが勢いよく扉を開けたその先には、まだ舞台の余韻を纏ったまま、しっかりと抱き合っているテリィとキャンディの姿があった。


沈黙。

そして、目をまんまるに見開いたまま凍りつくふたり。


「し、失礼しましたっ!!!」

扉は勢いよく閉じられた。


廊下に放り出されたマイケルとケビンは、信じられないものでも見たかのように見つめ合った。


「…おい、今の…テリィの楽屋、で合ってるよな?」

「まさか間違えた?でも“楽屋1”って…!」


「いや、違わねえ。俺たちがさっき舞台裏ですれ違ったとき、確かにこっちの楽屋に入ってったし…っていうかあれ、抱き合ってたよな…?」


「見間違いじゃなかったよな…?」


すぐにマイケルの楽屋に慌てて逃げ帰った2人。


「なあマイケル、さっきの…夢じゃないよな?」

「夢だったら、俺たちふたりで同じ幻覚見たことになるな」


マイケルは水を一口飲みながら、ようやく落ち着きを取り戻してきた。


「っていうか、テリィのやつ、女の人と…いやいや、楽屋で!?」


「舞台の余韻も何もぶっ飛んだわ…完全に現実だったな。抱き合ってたし、なんなら…」


「ちょっ、そこは言わんでええ! いま思い出したら変な汗出る!」


ケビンは顔をタオルでゴシゴシこすった。


「でも、あれ誰だったんだろ」

「そこだよな」


ふたりは同時に腕を組み、うーんとうなった。


「劇団の人間じゃないよな? 少なくとも俺は見たことない。つか、テリィに…恋人いたのか?」


「いや、聞いたことない。むしろそういうの、いっさい話題に上がらなかっただろ?」


「うん。俺、前にさ、『テリィって私生活どんな感じなんだろ』ってぽろっと言ったら、“知ってるやついねぇ”で話終わったぞ?」


マイケルが目を丸くする。


「じゃああれは…秘密の彼女? いや、今日の千穐楽に来てたってことは、少なくとも、テリィの人生の中でも重要な…」


「ていうか、俺たち、その人とがっつり目が合ったぞ…?」

「やめろ、恥ずかしさが倍増するだろ!」


ケビンはごろんとソファに倒れ込みながら呻いた。


「なあ、でも…ちょっと、よかったかも」

「は?」


「なんかさ…テリィがあんな顔するの、初めて見た気がする。いつもクールぶってるけど、あんなふうに人を抱きしめるんだなって」


マイケルはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「確かに。舞台上より、いろんな感情が出てた気がした」

「なあ、もう一回、楽屋行ってみる?」

「正気か?」

「いや、ほら、“確認”じゃなくて、“フォロー”っていうか、俺たち、なにげに一番乗りの目撃者だし…」

「言い訳が苦しいわ!」


そうは言っても、やっぱり気になってしまう。


ふたりはそっと“楽屋1”へ戻ってみたが…


「…いないな」


カーテンがわずかに揺れているのを見て、ケビンがぽつり。


「さっきのは、まぼろし、ってことにしとく?」

「いや、あれは現実だった」

「どうして言い切れる?」


マイケルは少し照れたように笑った。


「あんな顔、できるやつじゃなきゃ、あのハムレットは演じられないよね」


ケビンもゆっくりうなずいた。


ふたりはそれ以上何も言わず、そっと扉を閉めた。


外では観客たちが帰路につき、劇場の灯がひとつ、またひとつと落とされていく。

だが、ここにはまだ…

幕が上がったばかりの、新しい物語が息づいていた。