稽古終盤、グラティアーノとロレンゾのやりとりが続く場面。
テリィがグラティアーノ役として立ち、本役のハンク・メリットがロレンゾのセリフを代読していた。
演出家の指示で、今日はあえて役を交換する形で“感覚を磨く”セッションだった。
テリィが立つたび、芝居の輪郭が鋭くなる。
軽妙な言い回しに潜む皮肉、陽気さの裏に潜む感情のふくらみ。
それが観る者の目を離さなくする。
演出家が「もう一度」と告げる。
今度は、ハンクが本役として立った。
だが、どこか様子が違う。
これまでのような、余裕と洒脱さが薄い。
再び交代の声がかかると、穏やかだったハンクが少し声を荒げた。
「いちいち代役と交互にやる意味あるのか?」
演出家は静かに目を細めた。
「ある。お前は少し揺らされるくらいがいい芝居をする」
ハンクは何も言わなかった。
テリィが、穏やかな口調で続けた。
「僕は、本役を奪うつもりでやってるわけじゃありません」
「でも、そう見える奴が多いだろうな」
「そうでしょうか」
「その“そうでしょうか”は気に食わないな。なんでそんな顔で、立てるんだよ」
ハンクの声には、もはや苛立ちよりも、何か…焦りのような色があった。
テリィは言葉を返さなかった。
ただ、手の中の台本を見つめた。
グラティアーノという男は、物語の中で主役にはなれない。
だが、光を受け、誰かのセリフに反応し、呼吸を合わせて芝居を生かす。
今の自分と、どこか重なる。
自分の芝居は、誰かと競うためにあるのではない。
言葉と感情の間に立ち、物語を生かすためにある。