最初から、わかっていた。主役はテリィ。
誰が見ても華があり、真ん中に立つべくして選ばれた男。
稽古初日、ざっと読み合わせをした時点で、彼の声と間に心を奪われた者は多かった。
アシュトンは、それを遠巻きに見ていた。
「…まあ、わかりやすいよな」
嫉妬か、羨望か。
それすら自分でもよくわからなかった。
彼が演じるのは、公安委員ショーヴラン。
正義を掲げながらも、追い詰める側の人間。
敵役としての重みはあるが、拍手の中心にはならない。
そういう役だとわかっていても、いや、だからこそ、彼には負けたくなかった。
けれど舞台は、思った以上に対話だった。
剣を交えるシーン、台詞をぶつける場面。
テリィはいつも真正面から、まっすぐ受け止めてきた。ふざけるわけでも、侮るわけでもなく。
ある日の稽古後、照明を落とした舞台でアシュトンは一人、台詞を何度も繰り返していた。
「…なぜだ、なぜ貴様が民の希望などと…っ」
そこにふと現れた声があった。
「その言い方、今のほうがいい。なんか、怒ってるだけじゃなくて…裏切られたような感じに聞こえる」
テリィだった。
「別に、お前に指導される覚えは」
「指導じゃない。ただ、俺がその相手になるってだけ」
テリィは笑わなかった。
ただ静かに、真正面から立っていた。
(演じるんじゃなくて、生きてるんだ、こいつ)
それからのアシュトンは、自然と応えるように芝居を深めていった。
気づけば舞台袖でノアの冗談に少し笑っていたり、食堂の席に自然と座っていたり。打ち解けたつもりはなかったが、壁の高さは、たしかに下がっていた。
そして迎えた、公演最終日前夜。
台本を閉じ、控室に戻ろうとしたとき、テリィが小さな声で言った。
「…毎回、本気で来てくれてありがとう」
アシュトンは、少しだけ驚いた顔をして、すぐに視線を外した。
「…俺は、ただ、俺の役をやってるだけだ」
「それで、十分だよ」
それだけ言って、テリィは控室に戻っていった。
その夜、ひとりで台詞を反芻していると、アシュトンの声が、ふと震えていた。
「…正義の名のもとに」
言葉が、少しだけ優しくなった気がした。
それはショーヴランの変化なのか、アシュトン自身のものなのか。
本人にも、わからなかった。
ただひとつ。
最後にテリィと交わした視線だけは、
確かに敵同士ではなく、仲間としてのものだった。
最終公演の日。
舞台が終わったあと、舞台袖でアシュトンが小さく呟いた。
「お前、最初からああいうふうに、人に入り込んでくるタイプだったんだな」
誰に向けて言った言葉か、彼自身にもよくわかっていなかった。
けれど、そのとき胸にあったものは、たしかに認めたという、清々しい痛みだった。