照明がふっと切り替わる。
赤く染まったパリの断頭台から一転、舞台は金と光の世界へ。
豪奢なシャンデリアが客席を照らすほどの強さで輝き、舞台奥には高級家具とシルクのカーテン。
ここはイギリス、ロンドン。
貴族たちが集う夜会——ブレイクニー邸のサロン。
ワルツが軽やかに流れる中、ドレスの裾が床を舞い、男性たちの笑い声が響く。
パリで血が流れているなど、ここでは夢の話に過ぎないようだった。
その喧噪の中。
観客の耳が自然と惹きつけられる声があった。
「このあたりでは、靴の金具の数が人の価値を決めるらしいぞ。でも、僕は一歩ごとにピンパーネルと踏んで歩いてる」
貴族たちの笑い声がはじける。
登場したのは、パーシー・ブレイクニー卿。
テリィ演じる彼は、肩をややゆるめに構え、身にまとう貴族服を優雅に翻しながら歩いてくる。
目元にはあくまで飄々とした笑み。
そして手には、真紅の扇子。
一見すれば、くだらない道化だ。だが観客にはわかる。その背筋には、目に見えぬ刃のような緊張が張られている。
「どうかしてるぞ、パーシー。君はあまりにも立派な馬車と、あまりにもくだらない冗談を持ってる」
そう言って現れたのは、フォークス(ケビン)とデュトン卿(マイケル)。
フォークスは冷静な目元に皮肉を浮かべ、デュトンは豪快に笑いながら葡萄酒のグラスを持っていた。
「じゃあ、僕の冗談で革命が止まれば、戦争も悪くないね」
パーシーはグラスを受け取る仕草さえも洒落者らしく軽やかだ。
しかしその一瞬、フォークスと視線を交わした刹那に、観客は見逃さなかった。
彼らの間に流れた、言葉のない合図。
フォークスの指先がグラスの脚を叩く。2回。
デュトンが頷き、袖の下から何かのメモをパーシーに滑らせる。表の顔は道化、裏の顔は反骨の英雄。彼らが、あの「スカーレット・ピンパーネル」の一党であることを、観客だけが知っている。
そのとき、部屋の空気がほんのわずかに変わった。扉が開き、会場の照明が一段階落ちる。
マグリット・サン・ジュスト(ルビー)の登場する。
赤いサテンのドレスが光を受けて柔らかくきらめき、首に巻かれた黒のリボンが彼女の過去を象徴するように揺れる。
彼女の歩みに合わせて音楽が静まり、舞台上の誰もが一瞬、その存在に圧倒される。
そして、彼女とパーシーの視線が交錯した瞬間…
空気が止まった。
「パーティーはお好きかしら?誰もが仮面をつけて、誰が誰かもわからない…。でも、あなたは最初から素顔などなかったように見えるわ」
マルグリットの声は凛として美しく、どこか哀しみを帯びていた。
パーシーは、その言葉に微笑みで返す。
「仮面がないと、愛し合うのは難しい世界になったからね。でも…仮面の下で息をしてる心だけは、本物だと信じたい」
一見軽妙なやりとりに見えて、観客はその奥に燃えるような痛みを感じ取る。
ふたりは、かつて本当に愛し合っていた。だが、マルグリットがパリで誰かを密告したという噂が、その愛を裂いた。
パーシーの目元にほんの一瞬、影が差す。
マルグリットもまた、目を伏せて何かを飲み込むように立ち尽くす。愛し合いながら信じ切れないふたり。その間にあるのは、国境よりも遠い誤解と沈黙。
そのとき、フォークスが舞台奥から静かに現れ、
パーシーの背に近づいて、短く囁く。
「奴らが動いた。…ショーヴランが、ロンドンに入ってる」
パーシーの笑顔が、一瞬で凍る。仮面を脱ぐわけにはいかない。だが、今夜もまた誰かを救いに行かなければならない。
パーシーは何も言わず、観客に背を向けて、ゆっくりとグラスを置く。
その背に、一輪の赤い花がひそやかに刺さっている。
照明が落ちる。
夜会のざわめきが遠ざかっていく。
そして、次の舞台は裏切りの兆しと、心の戦いへと移っていく。